ナチュラルな系譜

立体作品2人展−

コバヤシケンジ子+下小川毅


2006.9.11-16

会場:表参道画廊 




■コバヤシケンジ子

略歴

1974年 岩手県生まれ

2003年 東北芸術工科大学洋画科卒業

2005年 東北芸術工科大学芸術文化専攻実験芸術修了

展歴

2002年 仙台アートアニュアル

2003年 グループ展/ 銀座東和ギャラリー 東京

2005年 アート@つじさわ/ 岩手

2006年 アートフロンティア企画「美大力」グループ展/ 東京


-反射-

ある状況でのアクションは対相手のリアクションにおいて発動する。
このコミュニケーションの中には、ある境界が存在しており、それは個々の理性によって判断され提供される
センスのようなものである。しかし相手を意識した段階で不自由な選択を架すことになるが、このセンスはお互いに自分に課している意識であるから何もいうことはない。
初めからコミュニケーションなど出来るわけもなく、すべては自分回帰によって架空の存在を形成することで悩み楽しんでいるだけのこと。客体化される個としてのバランスを考察し、反射をテーマに作品化する。



コバヤシケンジ子 

 



■下小川毅

略歴

1973年 東京生まれ

2002年 東北芸術工科大学洋画科卒業

2004年 東北芸術工科大学芸術文化専攻実験芸術修了

展歴

2002年 学生有志、地元作家と仙台メディアテーク仙台市立図書館共同企画「LIBRARY PROJECT」参加

2003年 グループ展/ 銀座東和ギャラリー 東京

2004年 グループ展/ gallery LE DECO 渋谷 東京

2005年 カフェ・フレスコ(喫茶店) 阿佐ヶ谷 東京

2005年 トーキョーワンダーSEED入選 

2006年 アートフロンティア企画「美大力」グループ展/ 東京


-「虹のでどころ H.P」-

どんな人でも思春期の頃に異性を意識し恋心で胸を焦がしたことがあると思う。まだ触れたことのない友人や知人としてではなく異性としての心や体に憧憬をみたことだとおもう。その頃は成人としての社会や物事との関係とは違いその関係はとても微妙なものに思える。なぜならまだ社会との関係ガキ泊であり守られている部分が多いため物事や人を好きになる過程や考えがよくもわるくもとても単純でピュアな気がします(色々な環境の人がいますが、少なくとも自分の生活してきた場所においてはそうでした。しかし昨今の事件記事やニュースをみたり、現役の学校教員の話を聞くとそうでない現状が多々あるみたいですが・・)。しかしおとなになるにつれてそうではなくなります。それまで自分の立っている場所のまわりを世界が回っていると思っていたものが実はそうではなく、社会の内に自分が立たされていることに気が付きます。そんな中で自分と社会の距離や場所を必死になって探してゆくうちに色々なものがだんだんうすれてゆき、打算やあきらめ。どうにも仕様のない現実など、それまで美ビットな色だとおもっていたものが急にグレーになったり、またその逆になったりと気持ちや感が会え方は大人になるにつれ変わってゆくようにおもいます。

男子は力強さや包容力を、女子はか弱さや優しさを異性にたいして無意識にアピールし始める思春期の頃の物事や異性にたいするとても純粋で自然な弱さ、憧憬。そして成人してからのそれらに対する実際や現実のズレを以下の短編小説等をモチーフにし、作品化する。

少年は雨上がりの空に架かった綺麗な虹を見ておもいました。「あの綺麗で美しい虹はどこからのびているのだろう?」少年は虹の先端、出発点を見つける旅に出ました。少年は「美しい」と思いあたる限りの場所を旅してまわりました。美しい湖畔、そびえたつ頂き、とてもきれいな海岸、などなど。しかしいくら探しても見つけられません。少年が諦めかけたとき、それはとても静かな森のなかでみつかりました。虹は金縁のお皿のうえから空高くへと伸びていました。少年はその美しさにとても感動しました。



下小川毅