Camouflage




   上野昌男 大塚麻美 きむらかおり 
   佐藤賀奈子 関口優 八尋祐美





  
会期=2011年1月31日[月]−2月5日[土]
  会場=表参道画廊







 私たちは、日々あまり変化のない毎日を過ごしている中で、ふとした瞬間を切りとったり、繋ぎ合わせたりすることで日常を再認識している。劇的な変化を期待することではなく、日記のようであり、写真の焼き直しのようでもある。

「Camouflage」とは、日々の風景に似せて同化するのではなく、その風景を逆に浮かび上がらせるという効果もあるのではないだろうか。

 6人の「Camouflage」は観賞者に新しい日々の風景をみせることが出来ることでしょう。

                  Camouflage メンバー一同


 


           








上野昌男 Ueno Masao

1984 静岡県生まれ
2006 阿佐ヶ谷美術専門学校 卒業
2007 同校助手として勤務

<個展>
2006 人形町VIsion's
2010 森美術館社内食堂
2010 SAKuRA GALLERY 

<グループ展>
2007 人形町Vision's
2007 ギャラリー ル・デコ
2008 世田谷美術館区民ギャラリー
2009 銀座アーチストスペース
2009 新宿眼科画廊
2010 マキイマサル・ファインアーツ

<受賞歴>
トーキョーワンダーシード2010


「 COUTER BALANCE」 / 電源ケーブル / h25×w100cm 2010


コンセプト

「言葉」を持つ者と、それを持たぬ「もの」とは、一体どん な隔たりがあるのだろうか。 例えばケーブルや塩ビパイプは、きわめて装飾性のないも のである。配線、配管という行為や、塗装といった微々た る装飾は見て取れるものの、露出目的の行為ではなく景観 を乱さないための配慮だ。 それらは可能な限り隠され、機能性無くしては成り立つこ とのない完結したものであるということがいえる。ケーブ ルや塩ビパイプだけではなく、機能のみに集約されたもの は世の中にいくらでもある。 それらが機能とは関係の無い不要な部分を持ち、自己完結 から外れ、「言葉」というツールを持つことは、意味のある ことであろうか。「もの」達が鑑賞者に語りかけることは新 たな対話になるのではないだろうか。


 



 



□大塚麻美 Otsuka Asami

1984 茨城県生まれ
2007 東北芸術工科大学芸術学部美術科洋画コース 卒業

2007 Asami Otsuka Exhibition (GALLERY b.TOKYO/ 東京・京橋) 東北芸術工科大学卒業/ 修了研究・制作展 優秀賞受賞 ( 東北芸術工科大学/ 山形) SAISON _ ゲニウス・ロキに導かれて- ( アカデミア・プラトニカ/ 茨城)
第20 回全国和紙画展 アート部門佳作 ( 美濃和紙会館/ 岐阜)
2008 Asami Otsuka Exhibition (SAN-AI GALLERY/ 東京・日本橋)     美術館ワンダーランド2008 現実と非現実のハザマで… ( 安曇野市豊科近代美術館/ 長野)
2009 東北芸術工科大学大学院 芸術工学研究科修士課程 修了      東北術工科大学卒業/修了研究・制作展 ( 東北芸術工科大学/ 山形)     Sprout  (ART WORKS GALLERY/ 茨城)
2010 第5 回大黒屋現代アート公募展 ( 板室温泉 大黒屋サロン/ 栃木) 水村綾子・大塚麻美・茂木洋子 展 (SAN-AI GALLERY/ 東京)



まいにちを綴る旅 / パネル・紙・アクリル・色鉛筆  / 2 0 1 0 38.0×70.5(cm) / 2010          



●コンセプト
全てのものごとには「おもて」と「うら」が存在しているように思う。相反することが、画面上では絵画としてひとつになっ て現れる。まいにちを過ごしていく中で、あたりまえの風景の中にある気付きとかおもてとかうらとか、そんなようなこ とを大切にしている。

 










□きむら かおり Kimura Kaori

1986 東京生まれ
2008 阿佐ヶ谷美術専門学校 絵画科 卒業  
現在  阿佐ヶ谷美術専門学校助手

2007 木村香織個展 ポーンと宇宙に飛んでって m-c-r
2008 きむら かおり 展 ギャラリー アートポイント   ザインフェスタ27 国際展示場     JAALA 第16 回日本アジア・アフリカ・ラテンアメリカ交流美術展  東京都美術館 壮年前期 Vision's
2009 東京アンデパンダン展  gallery COEXIST     店内展示 堀商店  アートシャワー展 横浜市民ギャラリー 花展 BEMSTAR  & ie caf ディスプレイ展示 堀商店  ASSISTANTS EXHIBITION  Vision's
2010 拡がるLOVE  銀座一丁目 UZU 展  ランプ坂ギャラリー きむら かおり 展示・公開制作  Vision's


花2 油彩 キャンバス 162x112cm  2009           


●コンセプト 自己を放棄すること、それが私が絵画で求めることです。その自己は私の自己であったり、私以外の自己であったりしま す。私が私であることや、何かが何かであることは、私が何かであることや、何かが私であることを思うと、非常にどう でもいいのです。しかし私は私が大好きなので、私という形を捨てきれないでいるのです。 自己を放棄することは、私という形から世界に溶けていくようです。

 








□佐藤賀奈子 Sato Kanako

1986  宮城県生まれ
2008  東北芸術工科大学芸術学部美術科洋画コース 版画専攻 卒業      佐藤国際文化育英財団 18 期奨学生     
2010  東北芸術工科大学大学院 芸術工学研究科修士課程 修了
現在  阿佐ヶ谷美術専門学校 研究科助手

2008 第7 回高知国際版画トリエンナーレ展 ( いの町紙の博物館 高知)      第4 回山本鼎版画大賞展 ( 山本鼎記念館 長野 )
第2 回バンコクトリエンナーレ国際版画絵画展 ( シルパコーン大学 タイ)
2009 17years 洋画コースの歩み展 ( 銀座東和ギャラリー 東京)      Visual contents - 版画- 展 (SAN-AI GALLERY 東京)     
第18 回奨学生美術展 ( 佐藤美術館 東京)
SOAT「僕らのベストアートコンテスト」(TBC ハウジングステーション 宮城) SOAT 賞   アジア新美術交流会
2010「生命展」(駐仙台大韓民国総領事館 宮城/論山市百済軍事博物館 中華人民共和国) Visual contents II- 版画- 展 (SAN-AI GALLERY 東京) 新現美術協会60 回記念企画 せんだいアートフェスティバル若手作家招待展(せんだいメディアテーク 宮城)



ささやき 銅版画 40.9x53cm  2010           


●コンセプト
 私の制作上のテーマは、「生と死」「命」である。  銅版画を制作する上で、私の原動力になっているのは劣等感や嫉妬心、忘れ たい思い出などである。版に模様を刻む行為によって、私はこのネガティブな 感情を自身から版に移し、少しずつ消化していく。  ドローイングによって生み出される色は、私にとって「生」の象徴であり、 前向きで明るいものである。色と色が混ざり合い、新しい色が生み出される。 それは、まるで新しい命の誕生のようで心がわくわくする。 この、対照的な二つの要素をひとつの画面に共生させることで、「生」と「死」 をひとつの「命」として表現している。

http://satokanako.web.fc2.com/  

 








□関口 優 Sekiguchi Yuu

●略歴   
1987 東京都生まれ   
2009 阿佐ヶ谷美術専門学校 イメージクリエイション科卒業

2009 グループ展 『ASSISTANTS EXHIBITION』  



field of music band 石膏粘土 針金 兵隊toy 105x330x330cm 2008           



●コンセプト
私は、人が作り出した物(既製品)を人の手でまた違う方向にもっていくことで、どのように変化していくのかや、形と いう概念、その物としての認識などを変えてみたいと思い、求めている形を探しています。また、既製品はメッセージ性 が豊かで、作品として扱い易い時もあれば、扱いにくい時もあります。この二つの要素が私にとって制作するのに難関で あり楽しめる要素でもあるです。

 









□八尋祐美 Yahiro Yumi

●略歴
1985 千葉県生まれの埼玉県育ち
2008  阿佐ヶ谷美術専門学校 研究科 卒業     
京都造形芸術大学 通信教育部 卒業
現在 阿佐ヶ谷美術専門学校 助手として勤務    

2008「壮年前期」グループ展(人形町Vision's)
2009  新橋掘商店にてミニ個展     
「image & word」二人展(新宿眼科画廊)
2010 「yahiroyumi exhibition "yurayura"」(人形町Vision's)




なんだかすばらしいもののように思えた キャンバス 油彩 1840x920cm  2010           


●コンセプト
「この服は青色であるのか、緑色であるのか。」  世界は誰もが必ずしも同じには視えていない。 犬の視覚と人間の視覚が違うように、生き物によって視覚による世界の認識が違うということはよく知られている事であるが、“その色は青に見える、緑 に見える” といった個人レベルでの視覚的認識の違いに目を向けてみる。 その違いは勿論写真には納められない、美しいと思って撮った風景がイメージ通りに撮れていないという経験があるだろうと思うが(また、その逆に何 気なく撮ったものが想像以上に良く見えるという事があるのが写真の魅力であるが)それは素晴らしい風景がそこにあるのではなく、視覚で捉えて認識 した時に素晴らしく感じる のではないかと思う。 眼球に映る像は自分が自覚する以上の情報量があるはずだが、脳内でどうという事は無い自然なものにしている。目で観たものの素晴らしさを表現する には、あまり認識しない焦点の揺らぎ・視界の端といった所まで含めないといけないように思う。 私の制作は、こういった写真でも映像でも映しきれない“私にはこう見えた” をどうにかして画面に映しだす作業であり、それを経て、日常の再認識を 目的としている。 ? なんだかすばらしいもののように思えた 。