北角峰雲  書展
  
   −私の現在地−


  

 



会期=2021年9月20 日(月)ー9月25日(土)
会場=表参道画廊 + MUSEE F
時間=12:00-19:00(最終日17:00まで)
   
      




 

展覧会に向けて

リタイアしてから、なぜだか急に書をもう一度やり直したくなり、ここ2年半ほど古典臨書や創作書など、半紙 や半切条幅に飽き足らず、全紙以上の大きな紙にも現代書を書いてきた。

今回の展覧会は、趣味が高じて個展までやってしまった絵を描いているオヤジと同じレベルかもしれない。恥を かくための展覧会と言っても過言ではない。

他人に自分の書作品を見せるのは、大学2年時の大学祭で、「書と油絵の個展」を恥も外聞もなくやったのが最 後だ。今回どうせ恥をかくのであれば、全紙(70×136cm)、三尺×六尺(90×180cm)、四尺× 四尺(120×120cm)を中心に、250×350cmを超える大作まで、思い切った書作品を展示するこ とにした。

小さい頃から「字が上手ね」とよく言われた。上手な書、素晴らしい書を書く人は、それこそ、書の世界にはゴ マンといる。中学、高校生の頃は上手な書、カッコいい書を書きたいと思っていた。書もその人の人生が表れ る。歳を重ねるにつれ、上手な書というよりも魅力的な書といおうか、迫力があってイケてる書といおうか、雰 囲気があってなんかいいなあと思える書といおうか(つまるところ精神性の高い書か)、そういう書が書ければ それは最高だが、果たしてそれはいつになったら書けるようになるのだろうか。今回の個展は、いろいろな意味 で自分の「現在地」を知るための展覧会でもある。









驀地(まっしぐら)
六尺×三尺(180×90cm)






観自在 (かんじざい)
三尺×六尺(90×180cm)





唯心 (ただこころあり)
三尺×六尺(90×180cm)




           


宙(そら)
68×68cm







北角峰雲 (きたずみ ほううん)

1953年(昭和28年)、大阪市生まれ。
最終学歴は、千葉大学人文学部人文学科(現・文学部)卒業。専攻 は哲学・美学。

近所の習字教室に小学校1年生の6歳から高校3年生の18歳まで通う。母は「字が上手だと賢く見える」が口 癖だった。当時は「読み書き算盤」の時代で、みんな習字か算盤の教室(あるいはその両方)に通ったものだ。 たいてい小学校までか中学の途中で少し字が上手くなると辞めるのが普通だったが、なぜか高校3年まで続けら れた。

書の恩師は佐古青山先生で、大学卒業後、商社に勤めながら、自宅2階の大広間で土曜の午後から書を教えてお られ、どんな書体でも上手に書ける優秀な先生だった。楷書、行書、草書、隷書、仮名、古典臨書と幅広く習っ た。半切条幅は正月の書初めのときには必ず書いた。雪心会(旧・学生書鑑、本部奈良市、故・今井凌雪先生主 催)に毎月、課題の書を提出し、昇級・昇段を競った。

高校2年時には師より「峰雲」という雅号を賜った。大学進学で上京したため退会。その後、大学に進学してか らは、月に一度書く程度、就職してからは、年に数度書く程度だった。書道そのものは好きだったし、当時の 中・高生の中ではおそらくかなりレベルの高い上手な方だったと思うが、将来、書で身を建てようなどとは全く 思ってもいなかったので、書道科などのある大学・学部へは進まなかった。

大学入学以降、学習塾の習字教室で小・中学生に教えるアルバイトなどをした経験はある。また、毎日書道展な どの大きな展覧会には何度か足を運んで見てきたが、新たに書を習うことも、特定の書の会に所属することも、 公募展に応募することも全くなく、現在に至っている。

大学卒業後は、出版社に勤務し、仕事で知り合ったグラフィックデザイナーとフォトグラファーに頼まれ、「ひ かり&京都」(JRポスター)の書き文字ロゴや、「筆ペン」(三菱鉛筆、雑誌広告)の書写例などを手がけた こともあった。