黒田康夫写真展
 「土方巽最後の舞踏   写真と舞踏譜」 
 
            

 
 

会期=2021年5月17日[月] - 5月29日[土]・日休
会場=表参道画廊
時間=12:00-19:00(最終日17:00まで)
協力=森下隆  慶應大学アートセンター土方 巽アーカイヴ 舞踏創造資源

ギャラリー トーク=5/22(土)14:00~ 15:30 (予約締め切りました)
※トーク時間内の観覧は入場制限される場合もございます。ご了承下さい。
※ギャラリートークはコロナ感染拡大の為中止とさせて頂 きます。
尚、ユーチューブにて動画配信をしております
 

 https://youtu.be/9axTuUefqO4/

 

    







 「舞踏とは命がけで突っ立った死体である 」 暗黒舞踏の創設者土方巽の言葉が、半世紀ぶりに蘇る。
土方巽は1973年の舞踏公演「 静かな家」「陽物神譚」を最後に、 自身で踊ることはなくなった。
弟子たちへ舞踏を継承するために、振り付けのための覚え書き「舞踏譜」 の作成に傾注していった。
「舞踏譜」とは、動きを表す言葉とイメージを喚起するための絵画や詩が引用されたノートである。
写真と舞踏譜を展示することで、暗黒舞踏の深層へ、死へ向かう肉体とそれを越えようとする精神の葛藤が、コロ ナの時代に新たな意味をもって立ち上がってくる。







■黒田康夫
 インド•チベットを中心としたアジアの旅をしながら写真を撮る行為を長く続けてきた。
 ここ十年来は現代美術と接触を持ち、写真作品を発表している。


 1948 岩手県盛岡市生まれ    
 
   1970 立教大学経済学部卒業
 1982  「孤独園−インドを巡りて」新宿ニコンサロン  『アサヒカメラ』掲載
   1996   写真集「智慧の海−インド•チベット写真紀行」日貿出版社
   1998   写真による96人のアーティストのハンド• パフォーマンス」岡崎球子画廊 『日本カメラ』掲載
 1999 「MUMBAI」エッグギャラリー
   2004 「メディアと干渉作用」再春館ギャラリー
   2004/05 『松澤宥と九つの柱』参加 広島現代美術館
   2005 『ELEMENTALISM』参加  
   2007  『記憶の位相』参加
 2014 『ギグメンタ2014』世界蜂起展 参加 
   2015『渋谷ミックスbe具体』参加
 2019「Selfie Performance」/表参道画廊  
 〈1969年〜1998年〉のアジアを遡る」青梅市立美術館市民ギャラリー







           








 

「黒田康夫写真展 土方巽最後の舞踏」のためのスペシャルトークのYouTubeでの配信のご案内です。
https://youtu.be/9axTuUefqO4/

 
このトークは本来、写真展会場(表参道画廊)で5月22日に実施する予定でした。参加希望の方の予約を求め満席 で決定していたのですが、残念ながらこの状況で中止のやむなきに至りました。
そこで、急遽、会場を変更して実施することにしました。会場を山梨県大月市の土方巽・中西夏之メモリアル猿橋倉 庫に移し、舞踏家ビショップ山田さんを迎えて、5月23日の午後の時間に開催しました。
展覧会場で行うトークといささか趣が違いますが、この倉庫(スタジオ+アトリエ)でのトークもまた意義あるかと 思われます。この猿橋倉庫自体は、旧中西夏之アトリエです。スピーカーのビショップ山田さんが、土方巽の舞踏を 初めて見たのは「土方巽と日本人--肉体の叛乱」です。中西夏之さんが舞台美術で参加された舞踏公演です。
今回のトークにビショップ山田さんを迎えたのは、写真展で展示されている写真が、土方巽舞踏公演「静かな家」 (西武劇場)と大駱駝艦公演「陽物神譚」「皇大睾丸」「男肉物語」を中心にしていて、その双方にビショップ山田 さんが出演しているからです。舞踏の最盛期であり、かつ「陽物神譚」は土方巽にとって最後の舞踏の舞台です。
土方巽が何故、舞踏の舞台を降りたのか、世界で最初の舞踏家であった土方巽が、なぜ舞踏家であることを辞めたの かは、舞踏史においても重要なテーマです。そのことは、写真展会場にも資料として置かせていただいている土方巽 の「舞踏譜」を見ていただき検証していただくことで考察されるかと思います。
ともあれ、この時代の舞踏のその先端で活躍されたビショップ山田さんの発言は、誠に興味深いものです。エネル ギーに溢れた時代を駆け抜けつつある舞踏家の証言は、舞踏を考える上でも、舞踏を検証する上でも不可欠です。
トークは予定時間を超過し1時間弱ですが、早くも第二弾を期待する声が上がっています。