History of Exposition
since2002.9

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 2002.09〜2003.06
 2003.07〜2004.04
 2004.05〜2005.04
 2005.05〜2006.07
 2006.09〜2007.12







 


MUSEE F 選抜展 
阿部岳史 × 元木孝美 
「depth room」
  

2008.6.30-7.12


  東北芸術工科大学美術科で同期の阿部岳史と元木孝美の3回目の二人展。 「日常」や「日々」といった視点からそれぞれの表現でディテールに目を向けた作品を制作している。数ミリ単位の木製のキューブに彩色し、それを絵の具のようにボードやアクリルに置いていく作品の阿部と、トタンを素材として建造物の窓枠や格子、階段、屋上の貯水槽等をミニマルな形態で表現していく元木。日常の記憶の断片から制作する二人の共通点からの分岐の展示にもなりそうな、新たな旅立ちの予感・・・。









 







 


東京写真月間2008 MUSEE F選抜展
内田亜里
  

2008.6.16-28


 ある土木技師はいった。
『もし工学が人生を煩雑にするのみならば何の意味もないこれによって数日ようするところを数時間の距離に短縮し一日の労役を一時間に止めそれによって得られた時間で人生を思惟し反省し神に帰る余裕を与えることにならなければわれらの工学は全く意味をみいだすことができない』

 ゆえに、わたくしは「見る」のである。不可視のものを透視的に見ることによってたち顕れる可視世界の明瞭な不一致を。この世界の透明な構成要素の象徴として。




 




 


東京写真月間2008 MUSEE F選抜展
佐久間里美
  

2008.6.9-14



 〈偶然〉は確率ではないし、〈必然〉との対立概念で捉えるものでもない。〈偶然〉は、〈偶然的なもの〉と 〈必然的なもの〉とのあいだに位置するものであり、〈偶然〉は〈必然〉と対称関係をもつことができない非対称的なものだ。 非対称を対称にへと必然化していくのが作品なら、佐久間の写真はいつまでも非対称として、必然化することなくただ持続して いくだろう。   金村 修


 「私達のまわりには分からない事の方がずっと多い。事実だと思っているものはそう思い込んでいるにすぎない不安定な物語 である。自分自身のnatureも自然界や物事としてのnatureも不可避の歪みによって加工 されてしまう。日常生活は瞬時なものであり、つぎの予測がつかないものだ。それを限定し要約しようとすると手元から逃れ 去ってしまうだろう。一度つけられた概念をひっくり返さないと人生は豊にならない。直接体験する事ほどリアルなものはない。 私はそこにあるものが何であろうと経験したいと思う。偶然の介入によって新な広がりや予想外の発見が出来ることを楽しみに している。」



 




 


東京写真月間2008 MUSEE F選抜展
荒木一真
  

2008.56.2-7


2003年日本写真芸術専門学校卒業。
トーキョーワンダーウォール2007(東京都現代美術館)出品。   
 「写真はカメラさえあれば、いつ何処ででも撮ることができるが、作品として意識する時、「何か」を捉えるために移動を試みる。ただ、それは距離だけの問題とは限らない。写真を撮ることは、物や景色を見る視点の延長線上にあり、そこに空間的な移動が介入することで、意識も移り変わり自身の視点へ何らかの影響を及ぼすからだ。 移動することにより、その時その場所での光景は、視覚を通して自身の記憶へと深く根付く。時間の経過によっておぼろげになる記憶をカメラによって残し、映像によって還元する。体感した光にすこしでも近付けるように。」


 




 


東京写真月間2008 MUSEE F選抜展
大竹敦人
  

2008.5.26-31


 プラントン立体式ピンホールカメラ

わたしは、絵画を起点とした見る事や見える事、そして空間解釈をカメラオブ・スクラの原理を使って探求している。プラントン立体式ピンホールカメラは、既存の写真術は使わず、手製の多角形型ピンホールカメラで全方向を撮影する手法で、組み上げた印画紙に被写界の全てを定着させる。

カメラは正4面体、正6面体、正8面体、正12面体、正20面体の5種類で全ての面にピンホールがある。それぞれの辺と中心からできる体積を持たない立体の印画紙によって、カメラの内部はいくつもの小部屋に分けられ、それぞれに風景が投影されるのである。この5つのプラントン立体で風景を切り取る行為は、幾何学と光の織りなす美の構造を獲得する試みの一つである。

 
作家ホームページ:http://www.akusyu.com


 










 


東京写真月間2008 MUSEE F選抜展
鈴木亮輔
  

2008.5.19-24


以前から、「自然」という言葉にわずかな居心地の悪さを感じること がありました。何か本当に自分が指し示したい ことがうまく言えて いない気がしていたのです。アマゾンの少数民族の一つ、メイナク族 にはそもそもこの言葉があり ません。彼らは、「自然(nature)」 という言葉は西洋人が人と自然を区別するために作った言葉であり、我々にはそも そもそんな言葉はない。強いて言うなら、それは「一つ の世界」としか言いようがないと言います。 「自然」(あえて古来 よりの「ジネン」という読みをして欲しいのですが)とは、万物を 刺し貫いて流れる作為のない力の状態を指しています。自ずから (然り)であること。すぐ傍にもあるそんな力の表れに、できるだけ たくさん気づき、耳を澄ませていたいです。 今回は、今まで別シリ ーズとして撮りためた写真を一つに編集して展示します。また、 「写真が水に溶けていく」作品の新作も展示します。会期中、写真 が三色の色の素になって少しずつ物理的連鎖の中へ還っていき、日に よって違った姿が楽しめることでしょう。           


 



 





星野百合子
  『水辺の家』

2008.5.12-17


「想像上のその家は 睡蓮のように浮かび じっとこちらを見ている  時々 花粉のように灯りがこぼれる  私ではない誰かが訪れて いるようだ いまだ という声を待って さざなみが その場所へと 私を運ぶ  私だと気づかれないように 呼吸を止め 気配を閉じこめる  静けさを吹き込み 音のない世界を 繰り返し投影する  水辺に 時間の粒が 珠のようにころころと転がり 連なって 小さな飛沫と なって光をあつめる  私と 私でない誰かの手と手がつながって  虹がうまれる 今度こそ 色を形を輪郭を映しとろうと思う  夢から覚めると ぼんやりとした映像が残っているだけ  言葉にならない断片的な思いを展示する」




 



 


渡邉博史
  

2008.4.7-12



 粘土は質感こそ白く美しいが、とても脆弱であり人の手の影響を 受けやすい。その制限下 の中で心理的な心の片辺や生を表現出来れ ばと考えています。無から言葉に当てはめられないものを想像すると不要な感情が入り 乱れ作品に誠実さが欠けてしまう。 目を閉じ、触覚のみに集中する ことによって、物質や生命の温度、心理的なものを感じ取り、 言葉 に当てはめられない形として感じたままに表現出来ればと考えてい ます。



会場風景




 



 


松代守弘
  too much...

2008.3.31-4.5



 写真という表現手法には、いまだ価値基準の定まらないところがあり、その時々の流行によって作品への評価も 大きく変化する。最近では、出来るだけ人間の手をかけて限定制作されたオリジナルプリントの評価が高まりつつあるが、 他方で印刷媒体のように機械的に大量複製された写真については、そもそも作品とすらみなされないような風潮もある。
 かつては複製芸術であることが最大の特徴であり、かつ特長とされたはずの写真が、なぜか「一回限りの繰り返し不能な アウラ」を獲得しようともがき、かつオリジナル作品としての神格化 をもくろむことに対しては、限りない 幻滅とやるせなさと寂しさと疎外感とあきらめを強く感じてしまう。
 本展は、「作品とさえ評価されないようなデジタル 複製画像」に、作家自身が日々自らの手を加えることにより、写真という複製芸術にとって大切ななにかが変容してしまう 有様を表現する。




 



 

鷹見明彦企画
山口玲子


2008.3.24-29



 東京芸術大学油画専攻の学部から大学院にかけて、山口玲子は、白い綿布の生地にデリケートな鉛筆の描線や顔料のマチエールの表情を生かしたドローイング的な絵画を制作していた。なかには布や糸、写真などをコラージュして絵具をドリップした表情ゆたかな作品もあったが、限定された要素と色彩によって形成される空域をさぐりだすような、ミニマルなフィールド・ペインティングには、画家の初心の広がりが見えた。フランスへの給費留学の期間を通して、その方向性はひとまずの成果をもたらしたが、2000年の帰国からしばらくぶりの個展。時の薫陶と人間としての成熟がもたらす眼ざしを洗う絵画の顕(あらわ)れが期待される。                 鷹見明彦(美術評論家)


1970年 長崎市生まれ
1994年 東京藝大美術学部油画専攻卒業
1996年 同大学大学院壁画研究室修了
1997年 フランス政府給費留学生で渡仏
(Cite International des Artsに2年間滞在)
セルジーポントワーズ美術学校在籍
1998年 パリ美術大学(アムール教室)
2000年 帰国


 



 

陶芸教室イエロークレイ
作品展


2008.3.17-22
会場:表参道画廊+MUSEE F
時間:12:00-19:00(最終日16:00)


元麻布工芸館の学芸員が主宰している
恵比寿にある陶芸教室の作品展。毎年テーマを決めて取り組んだ一年間の成果を発表している。
様々な生徒さんが、土のぬくもりを楽しみ、和気藹々と制作している教室の雰囲気が感じられる展覧会です。

20日 3時〜4時に講評会を予定しています。

詳細は表参道画廊ホームページをご参照ください。

 



 

岡本真菜子写真展
「愛着/リメンバー」

2008.3.10-15
会場:表参道画廊+MUSEE F


作家ホームページ:
http://www.okamotomanaco.jp    


ごく普通の日常の景色をとらえた写真なのに、いつもとちがう風景に見えたりするのは何故でしょう? 窓からの景色が、季節やお天気やそのときの感情でちがうおもむきになるような・・。 写真を撮ること、それはそのときのすべてを記憶するための記念なのかもしれません。大切な時間の思い出。

詳細は表参道画廊ホームページをご参照ください。







 



 





武蔵野美術大学αMプロジェクト2007
ーON THE TRAIL No.5ー
分類学の父 カール・リンネ 生誕300年
《フローラ / 新本草図譜集 - Descriptions Flora》

塩崎由美子・伊藤哲・坂田峰夫

2008.2.26-3.8
会場:表参道画廊+MUSEE F
入場:無料
主催:武蔵野美術大学
後援:スウェーデン大使館
協力:表参道画廊+MUSEE F
制作協力:武蔵野美術大学芸術文化学科

レセプションパーティ:
  2/26(火)18:00-19:30
アーティスト・トーク:
  3/7(金)19:00-20:00
参加:塩崎由美子×伊藤哲×坂田峰夫×
鷹見明彦(本年度ゲストキュレーター)

αMプロジェクト2007ホームページ:
http://www.musabi.ac.jp    



スウェーデンの植物学者リンネは、あらゆる自然物を種によって分類し、世界の植物の学名による体系を作り出した。「分類学の父」とよばれるリンネの研究は、文献だけでなく世界に分布する実際の植物の観察や標本に基づいて推し進められた。大航海時代にたくさんの弟子たちによって、遠方の異国へも伝えられて、江戸時代に国土の植物誌を著した本草学者や絵師たちも、その光を受けた者たちだった・・・。ホログラフィー、絵画、フォトグラムー各自の技法によって、花や植物など地上の生命種のもっとも美しいフォルムと交感する3人の作家たちによる展覧会。多くの種がかつてない速さで滅んでいる時代にも、アートが人間のこころの開花でありつづけるなら、それはリンネの使徒たちの世界を眼差し記述する歓びとかがやきに、しずかに深くつながっている。
                           鷹見明彦(美術評論家)
塩崎由美子
1954年埼玉県浦和市生まれ
1978年武蔵野美術大学造形学部油絵科卒業
伊藤哲
1962年千葉県生まれ
1988年東京芸術大学大学院美術研究科版画専攻修了
坂田峰夫
1966年東京都生まれ
1990年東京芸術大学美術学部絵画科油画専攻卒業

詳細は表参道画廊ホームページをご参照ください。

 









 

大倉 健
-
変化の兆し-

2008.2.18-23



ガラスのヒビは美しい。なぜなら、そこには変化の兆しが見えているからなのだと思います。 脆さや儚さがイメージされやすいガラスという素材で、あえてヒビに肯定的な、積極的な意味を見出し、表現していくことを テーマにしています。
ヒビ割れたものの先にある変化。それは決して単なる崩壊ではなく、新たに構築するための始まりでもあります。全てが 変わり行く世界の中で、はっきりとめに見える兆し。そこから、良い方向に変えていこうとする意志を感じられるような作品 にしていきたいと思っています。

2003 慶應義塾大学 総合政策学部卒
2004 東京ガラス工芸研究所入学 
現在 研究科2在籍 兼同研究所アシスタント



 



 

荒木一真
『outline』

2008.2.11-16



植物の侵食した様子や土のディテール、 そういった対象の輪郭に気を留めだすと、 カメラに収めたい衝動に駆り立てられる。 対象に惹かれたときは、多少の興奮がある。 少し落ち着いて、少しの間を取り、静かにシャッターを切る。 後ろ髪が引かれれば、もう一度シャッターを切ってみる。 写真を撮ることで常に自分の視点に疑いを持ち、 見ることに対して出来るだけ慎重でありたい。

2003 日本写真芸術専門学校卒業




 





 

 
 

鷹見明彦企画
申寿赫(シン・スヒョク)


2008.2.4-9



パスポートに押される日付スタンプで、都市の白地図に自分の移動場所と時間の地図を作る。記号にみちた地下鉄の構内や電車から見た工場跡の空き地を構造化した装置。埋め立て地や庭園の隣に建ったマンションや学校の建築物だけを風景写真から抜き出して、製図用の鉛筆で克明に描写したドローイング。申寿赫(シン・スヒョク)の作品は、「流動する風景」としての都市をモチーフに生成と破壊をくり返しながら、連続と断層が重なるサイトの「間」や断片を抽出し、現象の風景の背後にある時間の流れにつながろうとする。韓国から留学して5年、東京芸大大学院では、歴史と都市論、風景論の地平への広汎な研究とフィールドワークから生みだす精度の高い作品によって、篤実な表現者としての基礎を築いた。母国に帰還する同君の健勝を祈ります。

      鷹見明彦(美術評論家/美術評論家連盟会員)
      

1967年生まれ
大韓民国・弘益大学大学院修了
2008年東京芸大大学院美術研究科博士課程修了予定