History of Exposition
since2002.9

過去の"展示履歴"は こちらからどうぞ
 2002.09〜2003.06
 2003.07〜2004.04
 2004.05〜2005.04
 2005.05〜2006.07
 2006.09〜2007.12
 2008.01〜2008.12











 

久保田 潤
水浴図


2009.11.30-12.8
(会期中無休)
 

海に浮かんで海を見る。雲を見る。波面を滑る人を見る。世界は動いていると思う。
陸に上がって絵を描く。世界を絵に運び、絵を世界と照らし合わせる。  
世界は動いていて、絵は止まっている。しかし実は絵も動いている。絵が動き出すとき世界は止まるのだ。
海に浮かんで波を待つ。彼方から寄せてきた波に乗る。乗る意思が波を呼ぶのではなく。
波に乗るように絵を描きたいから、絵も彼方からやってきてほしい。  



 








 

小林晴郎
抱擁する幽霊


2009.11.23-28
 

私の作品は、描きたいと思った印刷物を適当に半分に折り、任意に選択した範囲を切り取る事で出来た形を素材としている絵画です。 この方法には、必要な部分を選ぶ事が、同時に同じ形の余分を引き連れて現れてくるという特徴があり、こうして生まれた形は、 私が日常生活を営む上で、様々な選択を迫られた時に、その選択肢がお互いに補い合ったり、共犯関係を作っている事に気づいてしまった 時に生じる「迷い」によく似ていると思っています。これらの作品が持つ力を展示をとおして伝えられればと思います。  



 








 

坪田菜穂子
sing



2009.11.16-21
 


 
 1982年 川崎市にうまれる
 2005年 多摩美術大学美術学部絵画学科
油画専攻 卒業
 2007年 多摩美術大学大学院美術研究科
絵画専攻油画領域 修了

 個展
 2004年 [空を撃つ] 
PLACE M (新宿)
2004年 [つらぬかれるもの] 
ギャラリー檜  (銀座)
2006年 [Cのかたわら] 
MUSEE F (表参道)
グループ展
 2008年 [絵画にみるもの 絵画からみえてくるもの] 練馬区立美術館  他
 

 













 

澁谷俊彦
ー蒼い雫09 ー


2009.11.9-14
 

1980年代後半から様々な国内外の展覧会に出品、多くの賞を受賞している澁谷俊彦。
 東京での個展は9年ぶりとのこと。ここ10年は、森のもつ生命力をテーマに版画を制作しているが、2004年から「絵画の場合」という自問自答するテーマの中で、表現媒体を空間へと拡げてインスタレーションに移行していった。
今展覧会では「浮遊感」をテーマに「雫」を主張する内容。石膏を素材とする半球体の支持体の平面部分に彩色し、北海道の雪解け・早春の山の斜面や小径の風景を作家のフィルターをとおして具現化するという。    



 













 

五十嵐朋子
-leaves -


2009.11.2-7
 

 木の葉   

 どこから生まれたのだろうか  やわらかい新芽は  次第に輪郭をなし  いっせいにその表を広げ  風にひるがえり  雨に洗われ  濃く深く生い繁る  

 陽の光を受け  細くしなやかな葉脈を  
静かにふるわせる  鳥や虫たちの声に羽音に  耳を傾ける   
 やがて色とりどりに身を染めて  揺れては舞い散る木の葉  一つとして同じものがない  
 風がざっと吹いて  いっせいに宙に舞う
幾千万の木の葉たち  陽の光に照らされて  
黄金色に輝く   
 どこへ舞い散るのか  知るすべもなく  
行き交い  すれ違う  
 吹き寄せられた  たった一枚のその木の葉に  誰も気をとめやしない  
 
 やがて朽ち  大地の源となる  



 










 

我妻尚子



2009.10.26-31
 

 私は人間から感じる動的・静的な生命観を制作の根源としています。
 人間のもつ艶かしさ・醜悪さ・ 力強さ・儚さという内的(精神)・外的(身体)な要素を、色と形から捉えようと試みています。ドローイングという断片の貯蓄、油絵のもつ重厚なマテリアルを介し、躍動感・物質性からなる実在感のあるタブローへと構築していきます。
 本展では、自己と他者の関係性、人間と人間のつながりを絵画を通して表現していけたらと思います。  



 









 

松代守弘



2009.10.19-24
 

 作家が、制作前に用意していた意図や思惑を超越して、あたかも自立的な存在であるかのように、新たな主題を提示することがある。もし、作家の自主性や自律性を自明とするなら、それは作品による作家への攻撃なのかもしれない。だが、作家が作家として周到に検討し、入念に準備した主題をも超越する作品だからこそ、作品は自立的存在としてawfulな力を持つのではないか。作家性を全く含まない無人機による自動撮影ならば、作品が自立的な主題を獲得しても作家の精神は打撃を受けない。そうではなく、作家が自らの作家性を投じて撮影したにもかかわらず、作品にその作家性を超越されてしまったという作家自身のhurtな体験があってこそ、初めて作品はawfulな調子を獲得するのだ。   



 










 

表参道画廊開廊10周年記念展



2009.10.5-17
 

1999年に開設した表参道画廊の10周年記念展。若手作家の支援と美術作品の普及という地道な活動ではありましたが、 10年間に多くのすぐれた才能のある作家さん達をご紹介できたことはとても嬉しいことでした。今後も美術作品をとおして皆様の毎日に彩りを 添えられるよう充実した展覧会を目指します。今後とも変わらぬご支援とご鞭撻をどうぞ宜しくお願い申し上げます。  



 









 

下小川 毅
-憧憬2-


2009.9.28-10.3
 

 思春期の純粋な思い出と成人してからの現実や社会とのズレを埋められない意識/無意識をテーマに制作を続けている。現在では稀薄になってしまった人間本来の性差を素直に受け入れると言うことはもはや期待できない中で、美術作品にそういった「憧れ」を散りばめ、その意味を問い直してみる。2004年に東北芸術工科大学院修了。模型素材や電機部品を多用した立体作品など。



 










 

30℃
浅沼かおり 芦澤彩 渥美舞

2009.9.14-19
 


 私達イーストキンは展示会場をボール、作品を生地、入って来た人をyeast(酵母)とし作品に人がふれることで膨らみ目には見えない作品・パンが作れないか と考えています。 今回はコミュニケーションをテーマに個人の作品、共同制作である言葉を書かない手紙のやりとりを展示します。 メンバーである浅沼かおりが同メンバーの芦澤彩・渥美舞へ穴の開いた白い箱を送るところから始まり、二通りの展開を見せます。 綴られた言葉が相手を知る手段だと思っていてもいつの間にか自分の安心材料になっており、それを無くした時どのように続けるのか、 耐えながら返答するのか、そこにこの作品の意味が置かれています。展示名である
30℃はyeastが最も盛んに発酵する温度で、会場であるボールに生地を入れて発酵を待っています。見る側も出来上がる一部のyeastとなる生地を膨らませ、作者・鑑賞者関係なく「作品に触れた人」達で目には見えないパンが出来たらと願い今回展示を開催します。



 








 

膝館理奈


2009.9.7-12
 


庭がある

意識は、ある瞬間、転回する。
網膜が震え、風景は位置を失う。ずれていく。
その時、重力は関係しない状態・摩擦も無い。

目眩のバランス
ことわりを離れてバラバラになっていくことがら

結果でなく、随時行われていくレイアウトの実験。
成立しているものごとを、ほどいてゆく。



 








 

Michelle Mijee Park
ミッシェル・ミジ・パーク
 
「ミスター・グリーンとピアノ」


2009.8.31-9.5
 

 
「ミスター・グリーンとピアノ」はミッシェル・パークの日本で初めての個展である。このビデオ・インスタレーション展は、ミスター・グリーンというある大都市に住んでいる中高年の物語を描いた。ある日、彼は周りの世界や人々を理解できず、共感もできなくなった事に気づいた。彼は、自分の人との触れ合いやコミュニケーションの無能力さを感じながら、世界も同じ難問に直面していることが分かった。そして、彼は見知らぬ人に手紙を書き始めた。ラブレター、自身にあてた手紙。少なくてとも、一人だけ(彼自身)には分かるように。そして長い沈黙から覚めるように。

Mr Green and the Piano Mr Green and the Piano is Michelle Park's first solo show in Japan. It is a video installation, depicting stories about certain Mr. Green, a middle-aged man living in an anonymous metropolis. One day, he realizes that he can no longer comprehend or empathize with the world and the people around him. As he finds out about his inability to communicate, he also realizes that the world itself is going through the same crisis. He decides to write a letter to a stranger - a love letter, which is a letter to himself. In this way he hopes to understand at least one person - himself; and thus be awakened from his long silence.



 









 

松丸真江


2009.7.13-18
 

 
瞬間的な判断の重なりで、画面が大きく右にふれたり左に引っ張られたり、どうバランスを保とうか、その試行錯誤の軌跡が結果的に作品として目の前にある。支持体とのやり取り、反復で、私が心地よいバランスを求める時、すべての判断は私のすべての過去の経験からなるもので、紛れも無く自分と向き合うことでしか成り立たない。しかし、実際は現実感の無い不思議な時間。一瞬の緊張と間延びしたゆるりとしたその時々の重なりが、画面の中での線のリズム、強弱、矩形、色彩の妙となり、均衡を保とうとする。微妙なバランスを失ったとき、全ては壊れていくのでしょうか。とても危うさを感じます。





 









 

MUSEE F 画廊企画展

高柳恵里
「中途のこと」


2009.6.29-7.11
 

 
思い返してみると、そこに、そのものの位置を決められない出来事があることが、何よりも、私に意欲を生じさせてきた。かすかなところから始まることではあるけれど。 中途の状態。
ただ、このことを、モチベーションの話であるとか、姿勢の問題で終わらせることではなくて、どう中途なのか、どのように中途なのか、そのことをくっきりとかたちにしていくことを目指しています。


新作数点展示。立体、写真等。







 









 


藤本なほ子

(他人の筆跡を写した紙、その他によるインスタレーション)

2009.6.22-27

 
作品履歴 (インスタレーション)
2003  ここではないについて述べる 
    (+パフォーマンス)
     ここではないについて述べる 読まれない。
    (+パフォーマンス)
2004  幾つかの言葉と、不透明な場所。
     弔辞/お別れのことば (カセットブック)
2005  報告 reportage
2006  資料体 corpus
2008  handwriting  







 










 

東京写真月間2009
大平 暁


2009.6.15-20
 

 
 JR中央線沿線を拠点とするアーティストユニット「jet's boys」を主宰する大平の今回は初のソロ活動。 展示作品は昨年新宿の旧丸井の工事中壁面を飾った「エコ電シリーズ」を中心に作品写真の展示も予定している。作品はデザイン性の 優れた平面から奇妙な立体などと さまざまな制作を続け、楽しい展示になりそう。 





 








 

東京写真月間2009 MUSEE F選抜展
赤石隆明


2009.6.8-13
 

 
 パズルをつくる。散らばったパズルのピースを集め、ひとつひとつ繋ぎ合わせていく。そのパズルのピースはひとつの絵だけではなく、異なった 幾つかの絵のピースも含んでいる。幾つものピースが組み合わさって混濁した絵を作り出していく。そしてそのパズルには枠がなかった。 最近このことについてよく考える。写真と写真を繋ぐこと。隙間の多いパズルだとしても枠を作らずに拡張させていく。四角にせずに世界にすること。  





 








 

東京写真月間2009 MUSEE F選抜展
榎本千賀子
AX

2009.6.1-6
 

 
 「人がつくり、人が暮らす空間を、理解や把握とは違う方法で捉えたい。対象の秘密を解き明かすことではなく、かといって暖かさや寛ぎに身を委ねるのではなく。冷たく醒めたまま、対象の分からなさや、対象 までのはるかな距離に触れてみたい。写真とともに。」   


http://chikakoenomoto.googlepages.com/







 








 

東京写真月間2009 MUSEE F選抜展
奥村昭彦


2009.5.25-30
 
 
漠然として、つかみ様のないイメージ。それらが沈殿していく様な感覚に茫然となる。 すくいあげようとしても、それらはもうヘドロの様に変質し色を失っている。 沈殿し、時差を持ち、浮き上がろうとしてくる。鮮度を失わせることは私にとってイメージを純化させる行為に似ているのかも知れない。また、それらの行為は、小さい頃から私の中にある風景に似せる準備なのかも知れない。 ただ、見たことのないその風景、イメージを見てみたい。 ただ、それらが画像に置き換えられたものを見てみたい。 ただ、曖昧で霞がかったその風景をこの目で見てみたい。 そんな至極単純な動機が私を動かす。そして、整理のつかない大量のイメージが彩度を失っていく。 光学的物質を介さないピンホール現象を用いて画像を獲るのは、それによってもたらされる画像が私の漠然と抱える風景のそれと近しいからだと感じる。 精細なイメージ、洗練された形式などいらないし意味など持たなくてもよい。それらが硬質であればよい。 そして、劣化や変質は、私にとっての行為。 そして、行為は、私にとっての軸それ自体。 そして、軸の周囲に私にとっての写真があるのかも知れない。 だた、そして、求めている風景かも知れないその場に行き、写真という行為を重ねるのかも知れない。  






 








 

水島理江・吉田諒 二人展


2009.5.18-23
 
 
ふたりにとって「初めての二人展」。
他人が見たくないようなモノを見せて楽しみます。。
ふたりの過去の作品のテーマには、ジェンダー、国家、公害、タブー等々、社会的な問題を多く扱っています。
今回は、「性」について立体作品を制作しました。多くの人に見て頂き、「見たくないモノ」について率直な感想を頂ければ幸いです。   





 








 

エオト展


2009.5.11-16
 
 
絵と詩の創作活動をしている上條暁隆と、音楽の創作活動をしている星野篤康とのユニット「エオト」によるコラボレーション展示。
油彩絵画8点と詩のキャプション、ipod shuffleとヘッドフォンを設置。また、自作のCDブックも同時販売の予定。       
当り前の日常を大切にしたい。 僕らにとっての大切な日常は、空をみることや景色を眺めること、誰かとの会話などの以前からあった 人々の営みで、それらの日常から作品を作りたいと考えている。当たり前でなくなりつつあるが、それらが当たり前だったはずの日常を噛みしめ 綴った展示としたい。  



 








 

釜我由美


2009.4.13-18
 
 
「生命が生まれ、生きて、そしていつかは死んでいく。それは抗いようも無い決定されたことであり、生命が誕生して以来繰り返しおこなわれてきたこと。・・・・・それに習って私もこの現代社会で、微生物と同じように、しかし 人間らしく死に抵抗しながら生きている。何らかの期待を持ちながら日々薬に触れ、偶然なのか必然なのか、日々出会う患者から何かを吸収し、そして、夜には毎日蝋燭の炎をぼんやり見つめながらお風呂でゆったりとため息を吐き出す。夏には湿った木陰で蝉の死骸を拾い、冬にはかじかんだ指先をシャッターにかけ工事現場の灯りを数える。そうやって、言葉では伝達できない多くの事柄を呼吸しながら、静かに、確実に、名前のない物語をつむぐ。・・・・そして今日も、やわらかい呼吸は続いている。」

1999年東京理科大学薬学部卒業 
2004〜5年ベルリンへ現代美術遊学 
      
 



 








 

佐々木ミナミ

2009.4.6-11
 
 
日常のふとした瞬間に、光の反射に似た何かに出会うことがあります。それは、明るく、軽々としていながら確かな存在感を伴って立ちあらわれ、遠い記憶を呼び覚まします。その遠い記憶と対話を重ねながら、制作を続けています。 今回は、過去6年間に制作した作品の中から、新作を中心に12点選んで展示します。          
 



 













 

林 裕司
  
「reflection」 
    リフレクション-反射

2009.3.30-4.4

 約8分17秒かけて太陽の光は僕たちのいる地上に到達する。僕たちは、その光の恵みを受けて地上に生命の営みを繁栄させてきた。もし、太陽と地球の位置が少しでも違えば、僕たちの世界は今のように存在していなかっただろう。約8分17秒という光の到来の後、光は物体に照射し、その光の反射が僕たちの目の中に入り込む。僕たちは、その物体の実体を見るのではなく、その物体から反射した光を受け世界を認識する。カメラと鏡を使い、様々な場所に太陽の光が注がれている事を確認するために今回の撮影をはじめた。毎日、約8分17秒かけて何気なく降り注ぐ太陽の光を意識することによって、何気ない日常に潜む価値を改めて再認識できるよう僕は行動していきたい。

   
 



 












 

渡邊加奈子

2009.3.23-28
 
 
物のシルエットを板版に沁み込ませ、一枚の紙へと幾層にも摺り重ねてゆきます。そうして写し取られたシルエットに、指先で触れたかのような生々しい感触を覚えることがあります。紙上へと摺り現れた湿度のある感触が、私にはとても大切なモノのように感じています。  “一枚の薄い紙”に、ある実感を孕んだ現代の風景を摺り映してゆきたいです。   

渡邊加奈子 「×」 430×550 木版 2008 






 








 

2009陶芸教室
イエロークレイ作品展


2009.3.16-21
 
 
〜粘土へのアプローチ〜
 今回の制作テーマは「地」です。地に関する事からイメージを 膨らませて制作します。 土・土地・国・位置・縄張り・下方など、「地」というテーマ は幅の広い意味となりますが、作品を作る上での発想につなが れば、各々自由に解釈し作陶します。 また、陶芸で使う粘土や釉薬は、大地から採取した土石が原材 料です。土石という素材の特長や成形・焼成の制約から形を考 えるのも、土を活かすことにつながります。


主催:陶芸教室イエロークレイ 齊藤昌一
会場:表参道画廊+MUSEE F
表参道画廊HPをご参照くださいませ。



 








 

遠藤公俊

2009.3.9-14
 
 
「“光”が主役の作品を創りたい」と、日々試みています。
今まで演出効果として用いられてきた傾向のある“光”を主役にするということ。今日まで“光”は様々な象徴として表現されてきました。
生命・神秘・愛・慈悲・歓喜・導き・繁栄・叡智・希望・永遠 そして
美そのもの・・。そのような諸々の意味合いを込めた“光”の内包するものを、“光”の表現として追い求めています。
 短い会期ですが、機会がありましたら是非お越しください。そして作品をご覧になってみて下さい。心よりお待ちしております。

2002 56e Salon des Realites nouvelles 入選
    Salon de Manganese 入選






 








 

薈田純一
 
「Visions of Trees」projected 
  
2009.3.2-7
 

人は街路樹を気にもとめない。それはただ季節の節目節目にだけ人の目にとまる、ひかえめで、目立たない都市の自然。けれども木々は、私たちの生活とは関係なく、時に荒々しく、時に妖艶に、しっかりと生命の力を繁茂させている。あらためて、そのような街路樹を見上げていると、それらも静かに私たちを見返していると思えてくる。そして木々との「見る、見られる」という関係は、木々と私だけの世界が存在するかのような、静かで濃密な時間が流れている。しかしこれは一つの錯覚だ。人、建物、街路樹は、それぞれのモメンタムを持ち、それぞれが等価に都市を形づくっている。都市の現実はそれぞれの質的な断絶の中にある。だが眼にみえぬ連関のなかで都市が形づくられていることは、嘘ではあるまい。自然を無機的に扱う都市で、木々を擬人化することなく、連関する一つのよろこびを、撮るという行為が教えてくれた。闇の中の人工光のなかで、私は、木々への一つのヴィジョンを見たのだと思っている。



 








 

I'm here. vol.3
東京展 [森の発生/森の腐敗]

中田朝乃+土ヶ端大介+古川紗帆
   

会期=2009年1月19日[月]−31日[土]
会場=表参道画廊 + MUSEE F
主催=東北芸術工科大学(卒業生支援センター)
協賛=東北芸術工科大学校友会/卒業生後援会
企画=美術館大学構想室 キュレーター=宮本武典[美術館大学構想室主任学芸員


レセプションパーティー&スペシャルトーク
講師=赤坂憲雄(民俗学者)×岡村桂三郎(日本画家)
日時= 2009年1月24日[土]18:00−20:00
会場=表参道画廊


本展の詳細は表参道画廊のHPをご参照くださいませ。