History of Exposition
since2002.9

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 2002.09〜2003.06
 2003.07〜2004.04
 2004.05〜2005.04
 2005.05〜2006.07
 2006.09〜2007.12
 2008.01〜2008.12
 2009.01〜2009.12
 2010.01〜2010.12









 




ヤマ・ダ・リュウ 
「浮遊する脳生命体」 



2011.12.5-10

 
 時空を越えて、地球上はもとより、全宇宙のあらゆる生命体とコンタクトできうる「 脳生命体 」。 それは、生命宇宙と人類とをつなぐインターフェイスにもなりえる。ヒトの"脳幹"や"胎芽"、そして"生殖に関わる主要器官や物質"等に形態重複メタファさせられた脳生命体は、人類の豊かな未来を築く為に、交信を試み続ける。    

<展示について>   
浮遊する脳生命体は、夢物語の装置である。上昇する風に、風船でできた脳生命体は、空間に浮かび上がる。周りの環境変化により複雑な動きと命あるがごとく豊かな表情を見せる。いくつかの脳生命体装置たちは、組織化され集合体により会場構成が行われる。

 














 




坪田菜穂子 
はじめに目を信じる、或いは目を疑う



2011.11.28-12.3
 


1982年 神奈川県にうまれる
2005年 多摩美術大学美術学部絵画学科油画専攻 卒業
2007年 多摩美術大学大学院美術研究科絵画領域 修了

個展
2004年  空を撃つ  PLACE M(新宿)
2004年  つらぬかれるもの ギャラリー檜(銀座)
2006年  Cのかたわら MUSEE F(表参道)
2009年  sing MUSEE F(表参道)
2010年  轟音 TAP Gallery(清澄白河)


 














 




矢尾伸哉 
emblem



2011.11.21-26
 

記憶のアレゴリー。   
 
漂着するもの、と、されるもの。    
あたかも心に刻み込まれるかのように、目に焼き付けられるかのように、記録と記憶がすり変わる。    
記憶されないものと記録されないものの重り合い。    
眼差すだけで、私はもはや思い出さない。

素材:ゼラチンシルバープリント、アルミピンチ サイズ:300mm x 240mm 点数:約20点


 














 




岡部史朗 




2011.11.14-19
 
 「他者との関わりを持つ事により、自己に変化が起こる事。」、「(意識的無意識的いずれに関わらず)意思をもって変化を(結果がわからなくとも)求める事。」の2点に興味があり作品の題材としています。意図しない方向に何らかの変化する事や、意識的に、もしくは無意識に他者と関わりを持とうとする事は、時には暴力的に行われ、自分にとっても他者に対しても好ましくない結果をもたらすかもしれませんが、それらの「行為」や「行為を起こそうとする意思」には何らかの必然性があると思われ、その理由をあれこれ考えながら作品を作っています。


 














 



美術評論家
鷹見明彦追悼展 




2011.10.31-11.12
 
 美術評論家として活動していた鷹見明彦氏が亡くなってから半年が過ぎようとしています。
多くの美術大学・大学や美術館で講演・レクチャー・審査などされると同時にいくつかの画廊での企画展もサポートされ、現代美術の普及と多くの若手作家の支援にご尽力されました。
 幣廊においても、MUSEE Fのスペースを表参道画廊に併設することになった2002年から今春まで47回の展覧会を企画して頂きました。今回、いままでに企画展に参加された作家さん達に今一度ご出品頂き、亡き鷹見氏を追悼する展覧会を開催する運びとなりました。表参道画廊とMUSEE Fの両方の会場で展示致します。
 生前の鷹見氏の美術への想いの断片をご高覧頂ければ幸いでございます。


□参加予定作家  (企画展年代順)  
安藤孝浩 大竹敦人 中野西敏弘 坂口寛敏 富田俊明 奥村綱雄(大久村つなお) 関口国雄 高瀬智淳 水野圭介 柴田健治 秋廣誠  渡辺好明 森山晶 福田尚代 高柳恵里 下薗城二  出月秀明 石田裕豊 槙原泰介 坂田峰夫 大塚聡 石川卓麿 保科豊巳 元木孝美 江場佐知子 奥村昭彦  鈴木亮輔 竹原伸彦 利部志穂 申寿赫 塩崎由美子 伊藤哲 小川佳夫 山口玲子 天野純治  大西博 菊池省吾 仁科力蔵 山口謙作 みねお あやまぐち 内田亜里 上村洋一 白井美穂  中川隆 阿部岳史 今中隆介 池田嘉人 鷹見明彦  














 




松代守弘 
Shutterd Scape
Tom scenery


2011.10.24-29
 
 

引き裂かれた風景。
これらの画像はふたつでひとつの風景を構成しますが、それぞれの画像は独立した作品でもあります。 写真表現の可塑性を通じて、ふたつがひとつになり、ひとつがふたつになることの意味を考えられればうれしく思います。

Torn scenery.
These images from "a couple" of image with two. However, an individual image is independent existence respectively.














 



小磯忠雄 
さまざまな象・Katachi


2011.10.17-22
 
 

  書家の石川九揚の言葉に、「現代に書すること
の困難さ」を深く認めた上で、書に「言葉以前の意識」を「盛る」ことで、書に再び、生命を取り戻す・・・文字が生まれる以前の人類の心や意識まで 立ち返る・・・」とある。
ならば、
絵においても、再び生命を取り戻すために、絵を描かなかった頃の人類の心や意識までにも立ち返らなければならないのか・・・自分にとっても今になって描くことはそのようなことであると思う。
線と面を基軸に制作を展開し、様々な《象・katachi》を求め今回4回目の個展を開きます。

1934年 生まれ
2004年 第1回個展 檜画廊
2006年 第2回個展 檜画廊
2010年 第3回個展 表参道画廊
















 



だんぱ 
「人もモノも風景になる。」 


2011.10.10-15
 
 

  

写真に写るのは数百分の一の世界。 瞬間を切り取ることで、人もモノも全てが一瞬の風景になります。何でもない風景のはずなのに、瞬間を切り取ってみると不思議な様子がありました。止まっているのに感じる浮遊感やありきたりの景色の中の違和感、意識して作ることの出来ない構図。誰もが目に入っていたはずなのに見てはいなかったこの瞬間は、写真で切り取ったからこそ見つけることができた風景です。主役のいないこの風景に写っている人やモノの先には、もっとたくさんの面白い瞬間があるかもしれません。この写真を見る人たちがその風景の一部となって、不思議な感覚を感じたり、想像したりすることを楽しんでもらいたいと思います。  
  
東京生まれ。京都造形大学通信教育学部美術科写真コース在学 森政俊ワークショップ所属

















 



中田誠志 


2011.10.3-8
 
 

  

<についての断章>

◆カメラは絶頂を量産し人々に供給する機械、ファナティック・オルガズム・マシーンだ
◆食っても食っても食っても食っても、、、、その5分後には食いまくったことを思い出してまた腹が減る
◆都市も、こころも、同じように成分過剰、そしてまたどちらにも同じように、とつぜんぽっかり大きくて虚ろな穴が空く
◆たよりなく蠢くものはオレたちの指先、オレたちの舌。カゲロウの触角、今から引きちぎって見せてやる
◆これだけモノが溢れているのに、撮るべきものはどこにも見つからない。聞こえるのは、終わる写真の切れる喘ぎか?それとも次にやってくる何ものかの産声か?
◆白夜、都市は裸
◆この世のあらゆる物質、あらゆる現象と、邪淫に耽れ私の光線



1982年 大阪府生まれ
2005年 立命館大学文学部心理学科 卒業
2007年 ビジュアルアーツ専門学校大阪写真学科 卒業

受賞
2007年 コニカミノルタ フォト・プレミオ 入賞















 



みねお あやまぐち 


2011.9.19-10.1
 
 

  

今回の展示では、Difference(差異・差違)をテーマに、絵画作品8点を表参道画廊で、またインスタレーションをMUSEE Fの会場で発表します。
     
インスタレーションの作品は模造紙に赤、黄、青、黒、白のポスターカラーを使って混合色を作り、ちぎって空間(床、壁、天井など)に貼り付けた作品です。展示期間中の12日間は日々刻々と変化していき、絵画作品の反動でもっと自由に気ままに展開するでしょう。空間に紙を貼り付けたり剥がしたりする行為の時間経過の差違と言えます。

















 



星田大輔 


2011.9.12-17
 



 楽しい時間はすぐ過ぎるというが、その時間が楽しかったという事実はいつまでも消えることはない。記憶は過去になったとき独立した時間となり、永遠に心の中で流れ続ける。人はときにそれをカセットテープのように取り出して、その時間の中に自己を投影していく。それを回想という。今回映像の投影を用いて空間に作り出すのは、ある旅行の回想である。  
 人が旅行をするのは、日ごろ抱えている忌々しい現実から解放されるためだ。しかしその肝心の旅行さえも、スケジュールやプランに蝕まれ、新たな苦悩の種となる。そのため、人は旅行中車窓を眺める。窓の外は目的地の方向に対し直角横に開かれており、当人の人生と真に関係ない世界である。人はその行けもしない地平線の向こうに行きたくて、旅に出るのだ。


1987年 生まれ
2010年 和光大学表現学部芸術学科 卒業













 


MUSEE F企画展

出月秀明 


2011.8.29-9.10
 



1973年東京生   
武蔵野美術大学造形学部日本画学科卒業
2000-2001ドイツ・ソリテュード城レジデンス給費研究員 
2002ワルシャワ現代美術センターA.I.R 
2003国際芸術センター青森A,I.R 
2006-07アイルランド国立近代美術館アーティストワーキングプログラム、
2009-10 文化庁海外在外研修を経て、
現在ベルリン芸術大学修士課程在籍。

主な展覧会は「越後妻有トリエンナーレ2006」、「トリノビエンナーレBIGTorino 2002」(イタリア)、「グローバルライフ展」(フランス)、「Itinerarios 05-06展」(スペイン)、「Cityscape展」(ブラジル)、「A Need of Realism展」(ポーランド)、「フィリップモリスアートアワード2000」等に多数出品。 「高原美術館」(旧韮山町立南小学校高原分校)、αM project 2005等で個展多数。マルセリーノ・ボティン財団造形美術助成、ポロック・クラスナー財団助成受賞。
その後も国際的な活動を続け、2004年には幣廊MUSEE Fにて個展。現在はドイツ在住で、7/30までベルリンでサウンド・アーティストrama gottfriedとコラボレーションの展覧会を開催。
今回は、インスタレーションではなく写真作品の展示を予定。












 



今泉省彦追悼展  


2011.7.11-16
 
 

  

 さて、タブローという内閉した概念にこだわるかぎり、地球からの逸脱は球体内 イクォール宇宙内にとじこめられることであるとして、さらにそこからの逸脱は不可能なのであって、描かない画家が 存在し得るそれは限界であるのです。遂に成立せず、イリュージョンとしてわずかにうかがえるタブローとは、タブロー イリュージョン又はイメージとしての符号あるいは模型であって、その展示とは実体としてのイリュージョン又はイメージ の媒体としてのオブジェの展示のことであって、この媒体性をさらにどこまで拡大出来るかという点に賭けることにしか 血路は恐らくないのです。
(今泉省彦《彼らのそれは思想伝達の具たり得るか》形象8号 1963年より)


□出品作家:
有賀眞澄 上原木呂 加藤啓 甲賀勝雄 
藤山ハン 星野勝成 牧宥恵



今泉省彦追悼展その他の会場と会期

アートコンプレックスセンター
:7/5 (tue)-10(sun)11:00-19:00

土日画廊          
:7/7 (thu)-17(sun)12:00-19:00
ギャラリー香染美術     
:7/11 (sat) - 20 (thu) 11:00-19:00 日曜休
Para GLOBE
: 7/12(tue) - 23(sat)13:00-20:00 


                                                                       

 









 



 

石田 文
 


2011.6.27-7.2
 
 

  

 私の作品は実際に見た風景から描かれている。 それらは訪れた土地々々で心にとどめた風景だったが、情報を記憶にしぼって描いている。 忘却の中で人は何をとらえようとしているのか自分の記録をたどり、現代社会に生きる私たちの必要としてる要素を正確に洞察できると期待して制作している。

                                                                       

 









 




五十嵐朋子
 


2011.6.20-25
 
 

  

  重力とは、地球上にあるものが、地球のほぼ中心に向かって引っぱられる万有引力と、回転する地球から振り落とそうとする遠心力の、合力である。ニュートンは、木から落ちるリンゴを見て、万有引力を発見したといわれているが質量(重さ)を持つものが、互いに引っぱり合う力が、万有引力である。万有引力は、重いものほど大きい。地球上にある全てのものは、地球と引っぱり合いをしているが、地球があまりに重いため、その勝負の軍配は常に地球の方にある。そして遠心力も、地球が引っ張る力に比べるとはるかに小さい。よって、リンゴは木から落ち、コップの水はこぼれず、私たちは地球表面から落っこちることなく歩いたり走ったりでき、誰かが地球上でジャンプしても、宇宙に放り出されることなく、また地球上に戻ってくる。その抗うことのできない当たり前の力を、当たり前のように使って、ときどき落とした食器が割れたり、転んで膝をすりむいたりするものの、私たちはこの地球上で生活している。


2004東京学芸大学教育学研究科修士課程美術教育専攻修了
2006アーティスト・レジデンスCill Rialaig Project(アイルランド)滞在       
2006 個展 果てなし 2009 個展 leaves

 

                                                                       

 









 


MUSEE F選抜展
東京写真月間2011

佐久間里美
 


2011.6.13-18
 
 

  

 仙崖の禅画に謎の絵とされている「○△□」がある。この絵を巡って、宗教観とみる意見はもちろんのこと、ユニバース、コンビナート、中にはテクニック論など様々な解釈が試みられた。 私がある研究家に頼んで調べて頂いたところ、田楽説が強いとのことである。仙崖ならやりかねない。どれが正解か分からないし、わからないままでいいだろう。 イメージは受け手によって作られるはずだから。まずは認識の外にでてみる。計り知れなさに向かって歩みだすことが 必要なのではないかと思う。

 

                                                                       

 









 


MUSEE F選抜展
東京写真月間2011

石田裕豊  


2011.6.6-11
 
 

  

 車の窓から流れる風景を眺める。車と並走しながら風景の中を疾走する姿の見えない自分の存在を感じる。高層ビルから見える風景を撮った写真を眺める。 空中に浮遊しさまざまな角度から風景を眺めている自分の存在を感じる。 ふとした瞬間に「見慣れた・日常的な」というフレームが崩壊し、「私」以外の「だれか」が勝手に「私」の目を通して別の   情景を見ているような感覚に陥るという体験。  
  *  
 『「私」以外の「だれか」が勝手に「私」の目を通して別の情景を見ているような感覚』というものは、文字通り「私」   以外の「だれか」が勝手に「私」の目を通して何かを見ているという実感であり、イメージすることであり、またそのままの視点で情景が進んでいくことである。これまで認識していた文脈とは異なる文脈が発生するとき、「私」という主体は完全   に宙づりとなり、知らない土地を訪れた時のような不思議な感覚に陥るのである。

 

                                                                       

 









 


MUSEE F選抜展
東京写真月間2011

都筑真理子
「SCRAPS」 


2011.5.30-6.4
 
 

  

断片的現実…断片的幻想…その両方を内包するもの。役割りや存在価値を越えた強さがあるもの。   
陰翳の中にそのもの自身の時間が流れているもの。ただ美しいと思えるもの。見る行為を疑わない。その向こう側にあるものを。

2000 多摩美術大学卒業 
2007 個展「波動」 galleryユイット  
2008 第30回写真ひとつぼ展 入選   
2009 世界(岩波書店)7月号 掲載 
2010 個展「HOLE」 表参道画廊  
    世界(岩波書店)6月号 掲載

 

                                                                       

 









 


MUSEE F企画
東京写真月間2011

塩崎由美子
 


2011.5.23-28
 
 



きらめく光
呼吸する水脈も
遠くでざわめく羽音
心も透明になる

 武蔵美を卒業後、文化庁芸術家在外派遣員としてイギリス・スウェーデンで研修滞在し、94,95年にストックホルム王立工科大学客員芸術家として98年まで大学にて制作。幣廊では2008年に武蔵美主催の「分類学の父カール・リンネ生誕300年フローラ新本草図譜集」に出品。同年東京都写真美術館でon your body展に出品。現在は、埼玉近代美術館「New Vision Saitama 静観するイメージ」で3/21まで展示中。作品は、写真、ホログラム、映像、刺繍したリネンなど多岐にわたる。また、2009年には東京大学生産技術研究所の”International Workshop on Holographic Memories and Display 2009”で招待講演を行うなどホログラフィーの研究・普及にも貢献している。  

 

                                                                       

 









 



布施新吾
 

2011.5.16-21
 
 

  

 便利で衛生的な都市生活は、プラスチックや、コンクリート、電気が支配している。 反自然の比率が多くなる中に、リアリティが存在していると思う。 プラスチックが光合成し、都市の空気を作り出しているような錯覚。 無機質で衛生的、だけど少し毒があるような感覚を平面作品で表現してます。
※5/16(月)18:00〜 現代音楽プチライブ 


1966 川崎市に生まれる。 帝京大学文学部英文学科卒業 反自然的な素材を用いて作品制作。 gallery ≠ gallery 、トキアートスペース、museef、パリなどで個展、 第5回昭和シェル石油現代美術展、シェル美術賞2003-2004、川崎市美術展などに入選. 横浜ザイム、創造界隈9001、表参道画廊などのグレープ展などに参加 かわさき現代彫刻展、noboritomap#1 などのパブリックアートイベントに参加 他 現代アート&音楽パフォーマンスユニットTrios Coulersに参加中。

   

 

                                                                       

 










 

MUSEE F選抜展

小林晴郎
喃語の波打際 


2011.5.9-14
 
 

  

 今回展示される作品は、縁が浮き上がるように成形した板に、インターネットや雑誌から得た画像を、予め輪郭が対称形の反対側に対応するように切り出された図像を元に、描かれています。 その図像は、日常生活の様々な場面で行っている言葉にはできない大きな/ 小さな判断 の結果が、操作不可能な反応と共存しており、事態に直面すると心が揺り動かされる様子が、常に砂にもまれ、波に洗われる波打際とよく似ているという実感を元に選んでいます。同時に、作品を描きながら自分自身が画像 の何に惹かれたのか、そのポイントを探し、確かめるプロセスの現れであり、まだ見ぬ画 像の発信者への応答になっています。展示を通して、その波打際で起こり続けて いる動揺や混乱を表現できればと思っています。
注 【喃語】なんご:幼児のまだ言葉にならない発声の意



2006年 武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業
2009年 個展「抱擁する幽霊」MUSEE F


   

 

                                                                       

 









 

鷹見明彦(美術評論家)企画展
秋廣 誠

-赤目強調機能-


2011.4.11-23
 
 

表参道画廊に併設されたギャラリースペースMUSEE Fの開設を機に2002年から数多くの
企画展を手がけて下さった美術評論家の鷹見明彦氏が先月23日にご逝去されました。
本展は、現代美術の理想を求めた孤高の人ともいえる氏の、最後の企画展となってしまいましたが、ご高覧頂ければ幸いでございます。   



2000年 東京芸術大学大学院美術研究科修了
2003年 「Resolution/解像度」MUSEE F
2005年 個展「動作の比喩」INAXギャラリー2

   

 

                                                                       

 









 



阿部岳史



2011.3.28-4.9
 
 

 

 
 

僕らは時々懐かしむため、昔撮ったビデオや写真を見返します。 ビデオ(動画)は時間軸まで内包された、情報量の多い記憶のスイッチです。 写真は時間軸は持っていませんが、カラーならば色彩を持った記憶のスイッチです。 白黒写真であれば、時間軸も色彩も持たない情報量の少ない記憶のスイッチです。 僕はスイッチの情報量は少なければ少ない程、いい記憶のスイッチだと思います。 その分、僕らは想像力を働かせ、自分の中で記憶を再構築できるからです。 一番いいの記憶は、何もインプットせずに頭の中だけで再現する記憶だと思います。 ぼーっと空をみつめながら思い出している記憶です。 それは鮮明ではありませんが、誰とも共有できない特別な記憶の体験ができます。 僕はそういった頭の中の記憶の解像度を目安に作品を作っています。 僕の作品は自分が見てきた記憶の画像が元になっています。 しかし、その作品自体が何が描かれているかが、鑑賞者に伝わることは重要ではありません。 鑑賞者にとって、その作品が自由に自分の中で再構築されることが望みです。
   

 

                                                                       

 









 



陶芸教室イエロークレイ作品展
     「 風 」


2011.3.21-26
 
 

 

 
 

陶芸教室イエロークレイでは作るだけでなく作品を活かす展示をして、みなさまにご覧いただくまでを制作の大切なプロセスと考え、また、一年の成果として作品展を開催いたします。今回のテーマは「風」。「風」に関する事からイメージを膨らませて制作します。粘土は、造形の基礎を学ぶのにうってつけの素材です。やわらかい土の感触に始まり、その人の考えや時代が自然と作品に表れます。茶碗や湯飲みにはじまり、枠を超えたさまざまなアーティスティックな造形と展示を、多くの方にご覧いただきたいと思います。     イエロークレイ 齊藤昌一
   

 

                                                                       

 









 



五十嵐朋子
 ―重力―


2011.3.14-19
 
 

 

 
   重力とは、地球上にあるものが、地球のほぼ中心に向かって引っぱられる万有引力と、回転する地球から振り落とそうとする遠心力の、合力である。ニュートンは、木から落ちるリンゴを見て、万有引力を発見したといわれているが質量(重さ)を持つものが、互いに引っぱり合う力が、万有引力である。万有引力は、重いものほど大きい。地球上にある全てのものは、地球と引っぱり合いをしているが、地球があまりに重いため、その勝負の軍配は常に地球の方にある。そして遠心力も、地球が引っ張る力に比べるとはるかに小さい。よって、リンゴは木から落ち、コップの水はこぼれず、私たちは地球表面から落っこちることなく歩いたり走ったりでき、誰かが地球上でジャンプしても、宇宙に放り出されることなく、また地球上に戻ってくる。その抗うことのできない当たり前の力を、当たり前のように使って、ときどき落とした食器が割れたり、転んで膝をすりむいたりするものの、私たちはこの地球上で生活している。


2004東京学芸大学教育学研究科修士課程美術教育専攻修了
2006アーティスト・レジデンスCill Rialaig Project(アイルランド)滞在       
2006 個展 果てなし 2009 個展 leaves
 

                                                                       

 









 



Jenifer CHAU
                                     


2011.3.7-12
 
 

私が撮っている写真は、自分と周りの人々との関係の表れです。私にとって「写真」とは自分の声であり、思考の一部でもあります。写真は私の代わりに語ってくれる、だから自分は写真というものの背後に隠れる事ができるのです。・・・私は自分自信をより理解するためにも、常に自分があるべき立場、役割を追求し続けながらこの人生を歩んでいます。そして、その歩みの中で出会い、得た感情や思い出を見せる事で観客との絆を繋ぎたいと思っています。作品の主な画題は社会が持つ「身体」へのイメージや価値観、そして人生の中で「好奇心」を誘うものなどについてですが、皆の思いと共振する事でこの絆が生まれるのだと思っています。・・・今回のシリーズは、家族の親しみを記録して、思い出を残して、時の流れを計る事を目的としています。母として家族の平凡な毎日を撮影していますが、撮った写真(過去)を振り返らなければ、目の前に起こっている変化にも気づかずに時間だけが過ぎて行くのです。・・・その現実から逃げるために私は「写真」というものにしがみ付いているのかもしれない。私が出来ること、それは、この変化を認めて、日々を記録し続ける事なのです。 - ジェニファ チョウ


2012 テンプル大学ジャパンキャンパス/東京 B.A.Art 卒業予定
1998-2003 カリフォルニア大学アーバイン校/カリフォルニア州/アメリカ B.A.。Electrical Engineering,Minor in Digital Art
 

                                                                       

 











 



高倉麻世
 カナリアボート


2011.2.28-3.5
 
 

 

 
それは、名前も思い出せないクラスメイトやどこかのカーペットの染みだったりする。 
それらは脈略なく現れては、鮮やかによぎり、常に移ろうズレへと引きずり込む。 
沈みこみように、記憶の重なりに回帰し呼び起こされていくものを、色彩を重ね、染み込ませてゆくプロセスを通して探っている。


2008 東京造形大学美術学部絵画科卒業
2008 シェル美術賞入選
2009 個展 うたかた 表参道画廊
 

                                                                       

 









 



河野孝博
 


2011.2.21-26
 
 

 

表参道画廊スペースには2007年より制作を開始した<lokaローカ>シリーズを、また、MUSEE Fには、従来より継続してきた<見て描くことから、創ることへ>をコンセプ トにした作品(油彩、テンペラ、素描など)を展示します。

絵画の制作は、構想を画面上に形あるものとして具現化させる行為です。それは「何を描くのか」、「如何に描くのか」「何故描くのか」という思索の裏打ちの上に成り立ちます。

向かい合う二つの展示スペースに旧作と近作を置きますが、相互の関係が響振となり、それが訪れた方々にまで伝わることになれば幸いに思います。 

                                                                       

 









 



矢尾伸哉
 hand/land

  

2011.2.14-19
 


車窓から見る風景は妙に普遍的だ。
交通網の上を漂う身体の向こうを、車窓に切り取られた風景が後方へと流れ去ってゆく。

かつて、風景は絵画であり、文学だった。それは、時間をかけて解読される一枚の絵であり、自画像でもあった。
まだ旅というものがあった時代の世界観。

今や風景はメディアだ。絵画ではなく、テレビか映画の画面に近い。それを眺める人々は、どことなく一様で、皆、終わることのない移動を繰り返しながら、同じようなスクリーンに魅入っている。

本当は流れてなどいない風景と、ほとんど動かない身体。
ちょっとした天動説。星に手を伸ばすように風景に手を伸ばす。
届くわけもないものに届いた気になってみる。

普遍的なものは常にアナクロだ。

                                                                       

 









 



下村千成
 

  
2011.2.7-12
 


内と外、意識と無意識、現実と非現実とは境界と接点という二重の領域を持っている。しかしこの狭間に対する感覚のアプローチは知覚レベルまでには到達することができない。それは知覚そのものが制度的に意味づけされた範囲の対象でしか受容できないからである。

この曖昧な二重性を含む境地に一瞬参入することで、現実における実在に改めて立ち会えるのではないか。知覚を跳躍させることが、狭間へと辿る軌跡となるだろう。

知覚の跳躍とは、新たな次元へと飛躍させることとしているが、実はそれは自らの中にある未知の領域への飛躍のことなのだ。



1981年 埼玉県生まれ
2007年 東京藝術大学美術学部絵画科日本画専攻卒業
2008年 東京藝術大学美術研究科先端芸術表現科入学
2010年 東京藝術大学美術研究科先端芸術表現科 修士2年として在籍

                                                                       

 









 



下小川 毅
 

  
2011.1.31-2.5
 

思春期男女の、ある意味純粋な異性への憧憬をテーマに立体作品を制作している下小川。
 
森を題材に夢のアナロジーをエロティックに俯瞰させる彼の作品は、人間の本質的な鉄鎖と奸計の提造の可視化を可能にさせる。それは新しい平面の神託になる。
      鈴木永一(デザイナー)



 
                                                                       

 









 



DC2010-
2010年度明治大学大学院
ディジタルコンテンツ系
修了作展  

  

2011.1.24-29
 

この度、明治大学大学院理工学研究科新領域創造専攻ディジタルコンテンツ系に所属する大学院生4人による修了制作展を開催いたします。本展覧会は、写真やビデオ、彫刻などにより、ジェンダー、身体、日常の現象について捉え直す試みです。私達が生きる世界には、「男と女」「美しさと汚さ」「日常と非日常」「自己と他者」などの対立を促し、作動させる境界線がいまなお無数に張りめぐらされています。その境界線は時に揺らぎ、時により強固に画定されることで、私たちはつねに翻弄されています。
本展は、そうした境界線の働きに対して理解を深めようとする、四つの視点からのアプローチです。ぜひご高覧ください。

※展覧会会場=表参道画廊とMUSEE F
詳細は表参道画廊のページをご覧下さい。