History of Exposition
since2002.9

過去の"展示履歴"は こちらからどうぞ
 2002.09〜2003.06
 2003.07〜2004.04
 2004.05〜2005.04
 2005.05〜2006.07
 2006.09〜2007.12
 2008.01〜2008.12
 2009.01〜2009.12
 2010.01〜2010.12
 2011.01〜2011.12









 



大野雅人 



2012.12.10-15






ニュースは時間と共に消費されてしまうことに疑問を持ちながら 報道の仕事を続けていた。取材中、横断歩道を歩く人々の足下を見 つめていたら、さまざまな人々の、その多様な歩き方に、個々の生 き方を感じ、休日には腰の位置からヒップショットで歩く人々を撮 るようになった。そこに写し出された女性の脚の美しさに心奪われ、 ポートレート、肌、静物へと思いつくまま写真を撮り始めることと なる。そして、私は報道の職を離れ、消化されない普遍的な作品を 生み出したいという自分の欲求に気付く。ピカソは、1937年、 ゲルニカという作品を通して、ナチスの空爆を受けるゲルニカの街 の悲劇を伝えようとした。ゲルニカの悲劇は、現在も世界のどこか で起こり続け、美しく、悲劇的な地球と人類の姿が、今日もメディ アを通し消費され続けている。
    
1983年東京、関東と関西を往来する転勤族一家の次男として 生まれる。13歳でペンタックスを片手に航空機写真を撮り始めた のが、その後レンズアートの道を歩むきっかけであった。米国の 大学で映像とアートを学び、卒業。ブルームバーグ東京支局を経て、 ロイター通信社テレビ部に入社。アジア地域のさまざまなニュース 取材にプロデューサー及びカメラマンとして携わる。現在は報道の 職を離れ、スチルカメラを手に自身の写真を撮り続けている。

※表参道画廊と同時開催・・表参道画廊HPをご参照くださいませ。












 



豊田麻美
アメリカントールペインティング原宿教室展 



2012.12.6-9




私達が日頃心をこめ、心から楽しんで描いていた
作品をご高覧頂きたくご案内申し上げます。
                豊田麻美

上多かずみ 猿渡香穂里 福井二紀子
   松崎八重子 湯浅恵子
 
 ※表参道画廊と同時開催・・表参道画廊HPをご参照くださいませ。 
     











 



村尾里奈 



2012.11.26-12.1






 村尾は、人間の身体が有する空間的性質に関心を持っており、これを彫刻作品に投影することに取り組んでいる。
 身体の回りの空間あるいは身体感覚の延長線上にある空間は、身体の内側に広がる心の空間と表裏性をもって存在しており、村尾はこれを肉体と同様に自身の一部であると感じることから、これを人間の表現として彫刻に体現させようと意図している。
在米歴を経た過去10年余りは、空間的性質を支える身体感覚は、場所や物に由来する「空間の経験」の蓄積によって形成されるという考えに基づき、自らが経験によって自身の中に取り込み、咀嚼した空間を、再び彫刻という媒介に投影して、空間を再構築するという試みに挑んでいる。
 このような身体のフィルターを介した空間は、金属の構造体によって形作られるが、これは自身を取り巻く物理的環境、特に日本の都市や住環境を特徴づける箱文化への参照であり、これにより自身の文化的な帰属をも確認しようとしている。
 身体のスケール、動線、段階的開示、場所との一体性など、様々な制作上の要素を取り入れ言及すべくは、人は身体が有ることによって様々な空間を合わせ持っているのであり、空間という伝導体を通じて、身体を超えた広範な領域とも共鳴することができるという可能性なのだという。そして空間を切り開き、異なる領域への突破口を築こうとすること自体が、村尾にとって彫刻という行為なのだという。
 
 ※表参道画廊と同時開催・・表参道画廊HPをご参照くださいませ。 
     
1998年 NY州アルフレッド大学アート&デザイン学部卒業。 東京芸術大学大学院彫刻科修士、博士号取得。











 



加藤伸郎 



2012.11.19-24






私達は日々様々な視覚体験にさらされている。無意識に目を通過していくイメージ。それらには裏側があり、目の奥の奥に蓄積され都合良く組み替えられ、更新されていく。見ているようで何も見ていない。それは、目を閉じて街を歩くようなものだ。ふざけているのではない。踊らされているのだ。作品は日常的に目にする様々なイメージから作られている。新聞や雑誌の切り抜き、テレビ画面やインターネット画像。作られた物を悪意をもって作り変え、それを写真にしている。そう、ただふざけているのだ。   
 
1980 愛知県生まれ 2004 東京電機大学工学部建築学科卒業 2006 東京綜合写真専門学校第二学科卒業    
受賞歴〕 2009 「ワンダーシード2009」入選 2011 「ワンダーシード2011」入選













 



菊池省吾 



2012.11.5-17






よく近くの沼や湖など何かいそうな身の周りの水を顕微鏡で見る。ピントがずれて何も見えなくなったかと 思うと全く違った景色が現れたりする。プレパラート上の小さな水の平面の中にも、深く豊かな空間が広が っている。まるで二次元の中にあるもう一つの空間を覗くように、私達の世界を覗いてみると何が見えるの だろうか。水槽を三次元のプレパラートに置き換えて、その景色を観察する。
  
 1968 大阪府生まれ。2000 東京藝術大学大学院美術研究科博士後期課程美術専攻( 油画) 修了。 1997-04 Kunstakademie Dusseldorf ( デュッセルドルフ州立美術アカデミー・ドイツ) Prof.Klaus Rinke 研究室 留学。













 



石本英樹 



2012.10.29-11.3






 人間が描きたくなり、人間を描くつもりで
肖像画を始めたが、たぶん間違いだろう。
人間を描くつもりはなかった。描こうとして
たのは人間の、人間ではない部分。世界のす
ばらしい色を観るこの眼と網膜は、けど人間
の姿形しか見ない。創作には矛盾が必要なの
でそれはいいとして、目の前に実存するモデ
ルがいなければならない。モデルをジッと見
てはいけない。耳が色を捉えるから会話のほ
うが重要だった。たまに見る。肖像として再
現したかったのは、人間ではない部分。粗末
な虚構の中で、虚像のような人間の中にある、
世界の色の部分。













 



平沼宏之 



2012.10.22-27






『この日は、雨、風強く視界もよくありません。心は沈んでいます。険しい稜線を下っていると、左の谷側に一羽の雷鳥が現れました。傍らには、二羽のひなどりが、あいらしい姿をみせています。すぐに私の存在に気づくと、ひなたちは身を隠しました。親どりも逃げるかと思いましたが、私を気にしながら山道の方へやってきました。茶色の斑で白の風切り羽が美しい親は、母どりのようです。一定の距離をもって私の前で立ち止まり、様子をうかがっています。私も歩みを進めなければならないので、母どりの方へゆっくり身を動かしました。今度こそ逃げるかと思いましたが、意外にも、山道を私の進む方向へ歩き始めました。母どりが先導し、私がついていくかたちとなりました。しばらくその状況が続きました。どこまで導いてくれるのかなと思っていると、母どりがふり返りました。私と目を合わせたその瞬間です。はらっ、とその白い風切り羽を動かし羽ばたきました。左へ旋回し、元来た方向へと飛んでいくその後ろ姿に、私は、はっ、と気づいたのです。母は子を守ろうとしていたことに。彼女そのものが、母性と智恵そのものでした。私は天を仰ぎ、白くにじむ情景に想うのでした。私のあらゆるすべての状況を彼女は導いてくれたのです。あかるい方向へと。』  

1979年生まれ。 東京綜合写真専門学校卒業。













 



矢尾伸哉 



2012.10.15-20






ゼラチンシルバープリントとテキストで構成
されたインスタレーション。  
男女16名のポートレート。

撮影前に「肉体という言葉を聞いて思いつく
言葉は何ですか?」という質問をした。その
解凍を並べて展示する。    

彼/彼女らの言葉は、写真に対するキャプション
という関係を持たず、レンズの前の所在なげな
姿と反響するだろう。    



1969年生まれ。パフォーミングアーツを経て、2003年より
写真・映像を素材としたインスタレーションを発表。















 



岩本龍夫 



2012.10.8-13






「太古の昔から自然の営みを繰り返し続け
ている森。人類は未踏の地を侵略し、必要
以上に木を伐採し続け、また、大気に汚染
をばらまき散らし、悲鳴をあげながらずっと
耐えてきた大自然に対し、勝手気まま自由
奔放好きにしてきました。そんな森の将来、
言いかえれば地球の将来はあるのか-? 
そんな思いをゼラチンシルバープリントに
ソラリゼーション技法を取り入れて表現し
ました。」  



1954年生まれ。神戸大学院法学部卒。
2004年レンタルラボSMILEフォト倶楽部を設立。















 



崎谷理恵 

「ひかりのかわ」

2012.10.1-6






「薄い和紙とテトロンを使った日本画を
制作している。光や善の存在の絵画を描
こうと思う。」    

 

2010年武蔵野美術大学日本画学科卒業














 



鈴木保子 



2012.9.24-29






「浮遊する像 形の交差 
常に変化し形を留めない 
美しいけれど虚しくもある景色    
単純な点と線が混ざり合って 
前後もわからない曖昧だけど 
光を感じる作品を制作したい。」
 

武蔵野美術大学大学院研究科版画コース修了。














 



衛藤文俊・星野百合子 

[Platform] 



2012.9.17-22






 作家夫婦の初の二人展。新旧作品を織り交ぜ構成される展覧会はMUSEE Fと表参道画廊の2つの画廊で同時に 開催されます。2人の作家が出会い、ここから出発し、ここにしかない世界へといざなう会場は、作品と観覧者、作家 と観覧者を繋ぐさながらプラットホームと言えます。平面的な構成でありながら半造形的な作品を制作する2人。素材感への追求と内包する想いは、正面から向き合う ことでまるで写し鏡のように自己を見出すことでしょう。モニター越しに現れるバーチャルな画像ではなく、直に見て 感じてもらうことを切に願った作品群は、2人が結びついて現実を見つめたことでさらに躍進したと期待を寄せます。
 

※表参道画廊と同時開催:表参道画廊をご参照ください。













 



小林つばさ 



2012.9.10-15






 目の前の光や物質の存在感の中に,
自分の分子を感じるときがあります、
その感じを表現したく,作品を制作しています。


 

1982年 岐阜生まれ 
2004年 東京学芸大学教育学部美術卒業 
2012年 同大学美術研究科絵画専攻版画修了    

●受賞歴   
2010年 第78回日本版画協会版画展<賞候補>    
2010年 第35回全国大学版画展<町田市立国際版画美術館収蔵賞>
2011年 第11回浜松市美術館版画大賞展<入選>    
2011年 弟3回 NBCメッシュテックシルクスクリーン国際版画ビエンナーレ展 <賞候補>












 



好地 匠 



2012.9.3-8






 東京芸大大学院油画専攻在籍中の個展では、
りんごの皮むきやジェットコースターの体験
からその表裏の断片の連なりを全体として提示
する作品を発表してきた。その後、それらを
平面に戻す作業で大型両面色紙に表現した。
近年ではコラージュ作品をやわらかな色調の
完成度の高い作品へと着実に発展させている。
群馬みなかみ、栃木県常総市まちなか展覧会
などの街アートにも参加している。
 

1978年 奈良県生まれ
2002年 東京芸術大学美術学部絵画科油画専攻卒業
2004年 同大学大学院美術 研究科修士課程美術専攻修了
2007年 同大学院美術研究科博士後期課程美術専攻修了












 



中村絵美 



2012.7.9-14






 明治大学大学院の修了制作の一環でもある
本展は、4年間取り組んできた「GuideSpot」
というプロジェクト作品の新作発表となります。
昨年からは関東平野、北海道の湿原と平野を
重点的に探訪して来ました。そこから、日本
神話のひとつであるスサノヲの大蛇退治の説
話を得心するに至り、フィールドを通じて日
本の原初の姿を追う結果となりました。
遠くに見える風景や、それを象徴する動植物
などの、役割や形態や歴史という諸要素を一
まとまりにさせるような作品を制作するのが
目標です。
 

北海道長万部町出身
2011 北海道教育大学教育学部卒業
2011- 明治大学大学院理工学研究科博士前期課程在籍中

グループ展
2012.2  SNOWSCAPE MOERE 7/モエレ沼公園(北海道札幌市)
2012.3  対岸の光[ I think I have seen a light in the other shore of the river.]/百歳座(北海道釧路市) ほか

レジデンス
明倫AIR2010招聘(鳥取県倉吉市)












 



阿部ふみ 



2012.7.2-7






 私は、生きている人間、その中でも「顔」を最も多くモチーフに選んで描いています。
私の内面との対峙を表現するためのモチーフとして、それは一番近くにあるものです。
私の中の大きな不安や恐怖と向き合って戦うために私の制作はあります。
線をひくこと、色をのせることで、まだ見たことのない光を見たいです。
  

1980年 東京都生まれ 
2007年 東京藝術大学 美術学部絵画科油画専攻 卒業

受賞歴
2004.3  久米桂一郎賞 /東京藝術大学
2007.3  サロン・ド・プランタン賞 /東京藝術大学
2010.2  三菱商事アートゲートプログラム 買い上げ /三菱商事












 


東京写真月間2012
守寿多 翔太 



2012.6.25-30






『日常に転がる風景を集めました。何気なく存在する、空や川、花や石・・・それぞれ異なる時を歩んできたものたちも、 一本の針と糸で紡ぐことで日常というカタチとなって表れます。  時は常に流れていく。今までも、そしてこれからも。』

1989年ロンドンうまれ。 
現在、日大生産工学部建築工学科在籍。初個展。
 














 


東京写真月間2012
氏神康一 
「Lifestyle」


2012.6.18-23






人は皆、それぞれの考え、思いを持ち生きている。 人はそれぞれ多種多様な趣味やファッション、仕事を持ちながら生きているが、その異なる生き方を持つ人たちにも同じ感情があるだろう。カメラのファインダー越しから見えた光景の一つ一つが彼らの生きる様を描いているように見えた。それを実感したのは私がサンフランシスコとニューヨークにいたときのことだった。















 


東京写真月間2012
秋山史子 



2012.6.11-16






自転車に乗っていて狭い道から広い道に
出ようとするとき、視覚は勿論なのですが
触覚と嗅覚が働いて、直感的に状況を捉え
ようとしているのではと、感じます。
しかし、もっと面白いのはその認識法に
「地と図」が加わってより複雑な関係とな
ったその場をどのように「私」が把握して
いくのかということになるでしょう。 














 


東京写真月間2012
佐久間里美 



2012.6.4-9






自然と流線形をテーマにした2008年の個展「No Nature」(MUSEE F)では、シュルレアリスムの影響を受けていたが、近年では江戸時代の禅僧・仙崖が描いた「○△□」からインスパイアされた作品を制作し、個展「○△□」(Port Gallery T/2010)・(MUSEE F/2011)で展開。グループ展では、BankART Life 横浜トリエンナーレ2011特別連携プログラム「横浜プレビュウ」/新・港村 等多数参加。


東京出身。日本大学芸術学部美術学科中退。
2005年 フォト・プレミオ入賞。
コレクション:サンフランシスコ近代美術館


 














 



ユキ・ヒラタ 個展 



2012.5.28-6.2






絵もエンターテイメントである。身近な
モノたちが演じる一幕物のお芝居のような
ユキ・ヒラタの絵は、歌や演劇などのパフ
ォーマンス・アートにみられるような味わ
いがある。
それも深刻な重い芝居ではなく、機智と
ユーモアにあふれたオペレッタのようだ。

気軽るに楽しむ絵と言えようか。
















 



吉村 遼 

ドローイングという行為を通した
             創造的経験


2012.5.14-26 







  時間の経過と共に変容する自然の姿を拡大してドローイングする。その過程には、時間がもたらす自然物の変容と、それを見た私が心の中に想像する形が生まれる。それゆえ、私が行うドローイングという行為は、日々更新されていく物事の関係を形として伝えるための、創造的経験である。今回の初個展は、白亜地をほどこしたパネルに鉛筆、木炭、コンテなどを用いて描いたドローイングの大作をメインに構成する。モノクロームで描き出す、独自のスケール感を表現したい。














 



石田 文 

 

2012.5.7-12

 





わたしは風景を収集している。

よく晴れた日に干された洗濯物、一日を終えた
テニスコートのベンチ、丘にきちんとならぶ低木とその影、、
目に映るすべての些細な出来事を
収集する。

丁寧に見つめて 余すところなく絵の具の艶に置き換えたい。

また、人が直に土地と対峙した瞬間にその景色の中になにを見いだしたのかを、
記憶のみをたぐり描くことで抽出する。
抽出した景色を収集しながら、生ものの風景が人に与える多様な躍動感の可能性を探りたい。












 



海野陽子 

 「景」

2012.4.9-14

 


どこにでもある見慣れた日常。そこに広がる
風景は、ごくあたり前の景色。けれどもそれ
は当たり前ではなくて、誰かの作為の下に作
られたものだ。

ある日突然、前触れもなくその風景は無く
なってしまうこともある。当たり前の日常は
様々な人の作為によって作られた作品でもあ
ると言える。そうして出来た風景に一喜一憂
しながら、私は写真を撮っている。

自分では見えていると思っていても、写真に
なって初めて気付かされることもある。
そんな日常の風景は、人それぞれに見え方も
違う。私の目線で捉えたその風景を目の前に
提示したとき、人はどのような反応をするの
か。その反応から自分自身の居場所や存在を
確認する。そんな作業のために、私は写真を
撮っているのかもしれない。














 



「要塞ぐらしの日々淡々
     〜 山口 功 個展 〜」
 

 
 



2012.4.2-7

 

現代社会を広い視点で捉えて「仄かに面白い作品」で綴りたい。 医療技術や脳科学の進歩により、人間は心身ともに単純な部品や化学反応に分解されてしまいそうだ。 スマートフォンやインターネットの発達により、人間は物理世界とは異なる広大な仮想空間を飛び回るようになった。 人と人の繋がり方は、刻々と変化している。 気が付いたらそんな状況になっていて、でも、意識されることはあまりない。 批判的に捉えることはできるが、しかし、おもしろおかしく捉えることもできるだろう。 もしかしたら、人間の本質を考えるのに相応しい時代なのかもしれない。 そんな現代社会を広い視点で捉えて「仄かに面白い作品」で綴りたい。 2012年2月19日
http://zengonokenzya.blog21.fc2.com



 














 



白田彩乃 

 
- Dialogue - 



2012.3.26-31

 


今回は、引き続き花のシリーズに加え、小作品を中心に展示します。

はじまりは、微かな おと ・・・なのかもしれない。
おと かもしれない言霊が、ねいろ になっていく・・・断片を
MUSEE Fの中に散りばめました。
 














 



イエロークレイ陶芸教室作品展 

「夢」 


2012.3.19-24

 


陶芸教室イエロークレイでは、作るだけでなく作品を活かす展示をして、みなさまにご覧いただくまでを制作の大切なプロセスと考え、また、一年の成果として作品展を開催いたします。
今回のテーマは「夢」。「夢」に関する事からイメージを膨らませて制作します。粘土は、造形の基礎を学ぶのにうってつけの素材です。やわらかい土の感触に始まり、その人の考えや時代が、自然と作品に表れます。茶碗や湯飲みにはじまり、枠を超えたさまざまなアーティスティックな造形と展示を、多くの方にご覧いただきたいと思います。
                       陶芸教室イエロークレイ 齊藤昌一 














 




河野孝博 

「loka」 



2012.3.5-17
日曜休廊
 


昨年に引き続いての、シリーズ「loka ローカ」による個展です。昨年は個展を終えてから間もなくして、3・11の震災が起こりました。ここ表参道での展覧会を終えて、妻の郷里である山形市での個展の最中での出来事でした。 <美術>とは何か。それは人間にとってどのような意味を持つのか。絵描きとして、何故・何を・如何に描いているのか。改めて制作の根幹についての再考を迫られた一年であったように思います。 展示の作品と空間から、何か響き合うものを受け止めて頂けたなら幸いです。  














 




中川西 綾 

「もっと もっと遠くへ 
      - More farther 」 



2012.2.27-3.3
 


絵の前に立ち うつらうつらと、現れてくる
ものを見る道具と色と相談しながら、
頭と手が動く
いつも見たことのない新しい景色を探している
それは、中々うまくいかないもので
けれども、次第に見え出してくると
私はあのとき難しいと感じていた、
ということに気づく
そう簡単に出てこられても面白くないでしょ
と 誰かが言っても
その返事に、答える気はない
ぶわあっと広がる景色に闇が現れ、光が射す
まわりの空気は色を持って浮かびあがり
風がそれをまきちらして、すぎていく
その瞬間 ぴたっと時が止まったような
その瞬間がとても嬉しい そしてまた、
それを求めて真っ白い画面の前に、立つ  
















 




越智波留香 

  
畔〈ほとり〉 



2012.2.20-25
 


畔〈ほとり〉とは水際の他に、境や際全般を意味するようです。 
今回は湖畔の町並みを描くことで、日々の暮らしは常に何かの「畔」にあるということを暗示したいと思いました。 
日々の隣にはいつも人の意志や希望を越えた普遍的なものが横たわっており、明日には何が起こるか分からないという危うさがあります。しかし結局はそのような危うさをも包み込む大きな時間の巡りを経て、静かな姿に還るのではないかという思いを込めています。 
畔でずっと繰り返されてきたであろう人の暮らしのはかなさを、記憶をたぐるように眺められたらと思いながら描きました。  














 




宮山正光 

maturation in the dark 



2012.2.13-18
 


混沌とした先の視えない現実社会 
陽気な反面、その闇は以前よりも深い
過渡期である認知度の薄さが色濃く見える
壮大な渦の中に巻込まれる小さな破材の様に
成す術も無く飲み込まれて逝く 
回避する手立ては・・・・・

その一部を視覚的美術造形物での表現を探る
成熟期からの衰退・朽ちて逝く美学 
言語の肯定的な意図に隠された否定的な意図を
同次元に表現する美術的物質媒体・・・・・・
唯物比喩・価値不在の存在・不可視の存在
でも、明るく軽薄で自由な発想・多面的な共有
既成価値観・概念を無視した不偏不党の位置から
観察する事で新たな美学的解釈を・・・・・  














 




川村洋太 
 
『歩く夢』

2012.2.6-11
 



歩いている夢をみた。   
一歩一歩踏みしめずに、前に前に。   
速度は上がり、足は地面を感じなくなる。   
一歩一歩宙に浮き、飛ぶのではなく歩いている。
     
歩きまわり続けて、何かを探している。
ただ置き忘れられた物、日を浴びて輝く植物。   
通り過ぎる見知らぬ人、異質な空間。   
僕はこれらのものにひっかかりながら、生活を
している。